War Before Civilization (English Edition)
レヴィ=ストロースはルソーを「人類学の父」と呼び、彼の描いた「高貴な未開人」のイメージに人類の原型を求めた。暴力や戦争で混乱した現代社会とは違い、未開社会は平和な「冷たい社会」だと思われていた。しかし著者は1970年代に新石器時代の遺跡を調べるうちに、そのまわりに砦があり、柵や溝が張りめぐらされていたことを発見する。それは明らかに戦争の痕跡だった。

「人類は石器時代から戦争を繰り返してきた」という著者の発表は最初は学界に無視されたが、90年代には戦争の遺跡が世界中で発見され、頭蓋骨からも凶器で破壊された痕跡が多く見つかった。次の図はいろいろな部族の戦争による死亡率だが、石器時代や未開社会では平均25%の男性が戦争で死亡し、女性や子供を入れても平均15%ぐらいが戦争の死者だったと推定されている。戦争は多くの部族で2年に1度ぐらい起こり、負けた部族は皆殺しにされた。

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戦争による死亡率(%)

この発見は、社会科学の多くの分野に影響を与えた。戦争が石器時代から頻繁にあったとすると、それに適応するメカニズムが脳に遺伝的に埋め込まれているはずだ。生存する上で重要なのは個人の利益を最大化する合理的行動ではなく、戦争に勝つための集団行動であり、その根本は「敵か味方か」を区別して敵を憎み、味方を愛する同族意識(tribalism)である。人類は経済的動物ではなく、政治的動物なのだ。

文化は集団淘汰で生き残る武器

宗教や儀礼などは、同族意識を補強するしくみだ。それは一見、役に立たないようにみえるが、それが無駄であればあるほど、そこに参加する人間は「この集団に自分はコミットしている」と示すことができる。オーストラリアのアボリジニのように飢餓線上で生きている民族ほど、何日も徹夜で踊ったり歌ったりする。それは仲間を確認する儀式なのだ。

神話やトーテムのような作品も、それを共有すること自体が目的だ。アメリカ原住民にみられた「ポトラッチ」は宴会を開いて村中に自分の財産を分け与えてしまう風習だが、他人がポトラッチで返礼することが前提だったので、共同体が崩壊するとなくなってしまった。

同族意識を強めるしくみはすべての集団にみられるので遺伝的なものだと思われるが、文化や言語は集団ごとに違う。もし言語の目的が伝達だったら、すべての集団で同じ言語が使われるようになったはずだが、未開社会ほど言語は細分化されている。集団ごとの違いが、敵と味方を区別する特徴になっているからだ。

かつて人類学は現代人から類推して宗教を精神的な贅沢品と考えたので、なぜ無駄な儀式に未開民族が大きなエネルギーを費やすのかわからなかったが、戦争の発見によって文化が集団淘汰でもっとも重要な装置であることがわかってきた。それは人々を一つの集団にまとめ、敵に報復する「核の傘」のような武器なのだ。