「リーマンショック」から10年。金融危機の再来を心配する声が世界的に高まっているが、今の銀行システムが続く限り、そのリスクは残る。金融危機の本質は資産バブルの崩壊ではなく、銀行の取り付けだからである。取り付けの原因は単純だ:預金の大部分は企業への貸出に使われて信用創造が行われるので、すべての預金者が同時に預金を引き出すと、銀行は必ず破綻するからだ。

だから取り付けをなくす方法も単純だ:預金(決済機能)を貸出から切り離し、信用創造をなくせばいい。銀行が預金をすべて政府や中央銀行に預け、引き出しに100%応じられるようにするのだ。銀行をそういう決済機能に特化したナローバンクにする規制案は1930年代からあるが、銀行業界が反対して実現しなかった。決済機能だけでは、収益が上がらないからだ。

ところがアメリカでは、みずから"The Narrow Bank"(TNB)と銘打つ銀行が登場した。これは預金をすべてFRBへの準備預金で運用する銀行だが、FRBはTNBの口座開設を拒否した。その理由は不明だが、先月TNBはFRBに対して開設を求める訴訟を起こした。これをシカゴ大学のコクランが「ナローバンクは金融危機をなくすイノベーションだ」と擁護している。

預金と投資の分離

TNBのビジネスモデルは単純だ。顧客から集めた預金をすべてFRBに準備預金し、その金利1.95%からいくらか引いた金利を預金者に払う。アメリカの普通預金の金利は0.1%程度なので、それより高ければ魅力的だ。預金者はファンドなどの大口顧客を想定し、融資はまったくしないので、リスク管理のコストがかからない。

普通の銀行も準備預金が義務づけられているが、その比率は全預金の1%程度だから、残りの99%は融資でき、それが信用創造を生んで資金が循環する。すべての銀行がナローバンクになるというのは預金準備率が100%になるのと同じだ。これは銀行の中に混在する決済機能を信用創造と分離して安全性を守るもので、アーヴィング・フィッシャーやミルトン・フリードマンも提唱した。

しかし信用創造がなくなると、資金の収縮が起こるのではないだろうか。それを防ぐ制度設計はコクランの論文に書いてあるが、彼の提案は元本保証の預金を(価格の変動する)株式に変えることだ。預金とリンクしなければ、長期の融資は株式投資と同じだから、高いリターンを求める顧客は株式や投資信託を買うだろう。

つまり銀行を預金(ナローバンク)と投資(ファンド)に分離し、短期の預金を長期で融資する銀行のリスクをなくそうというのが、コクランの改革案である。こういう考え方は他の専門家も提案しており、持株会社という形で金融規制にも取り入れられているが、決済機能と信用創造は完全には分離されていない。

根本的な問題は、利益の配当には課税されるのに、金利は利益から控除できる非対称性があるため、負債で資金を調達することが有利になることだ。これがなくなり、金利にも配当と同じように課税すると、銀行が投資ファンドになることもできる。こういう税制のゆがみも昔から指摘されているが、是正される見通しはない。

銀行規制としては、自己資本比率を上げることが望ましい。これは今の世界的な潮流と一致するが、準備率を100%にするのは政治的には不可能だろう。ただ複雑で不透明な銀行規制を長期的にどう簡素化するかという考え方として、銀行をナローバンクと投資ファンドに分離するという案は一つの方向性を示している。