金融政策に未来はあるか (岩波新書)黒田日銀の大規模な量的緩和は「黒田バズーカ」などと呼ばれたが、空砲だった。その原因は、本書58ページの次の式でわかる。FTPLで政府と日銀の統合B/Sを考えると、物価は「名目政府債務/実質政府財源」すなわち

  M+B
P= ―――
   S

で決まる。ここでPは長期的な均衡物価水準、Mはマネタリーベース、Bは市中で保有されている国債の評価額、Sは政府の財源(プライマリー黒字の割引現在価値)である。日銀券も国債も統合政府のバランスシートでは債務だから、日銀がBを買ってMを増やしても、同じだけBが減るので政府債務(M+B)は変わらず、物価Pは上がらない。これが日銀の「異次元緩和」が失敗した原因である。

財政バラマキでインフレは起こせる

黒田総裁は、こんな単純な関係に気づかなかったのだろうか。おそらくそうではないだろう。彼の脳内には、統合政府債務(M+B)が中央銀行のオペレーションで動かせるという伝統的な金融理論があったと思われる。

上の式でBは金利で割り引いた現在価値なので、日銀が国債を買うと金利が下がってBが上がり、左辺の物価Pが上がるのだが、ゼロ金利になるとそれ以上は金利が下がらないので、物価は上がらない。

今の日銀のオペレーションでは市中銀行の保有している国債を買うが、それをしないで日銀がヘリコプターから直接、日銀券をばらまけばいい、というのがフリードマンの1969年の提案である。日銀が国債を買わなければ、Mだけが増えて上の式の分子が増え、Pが上がる。これは過激なインフレ税である。

もちろんヘリコプターというのは冗談で、実務的には財務省が政府紙幣を発行して、日銀が買えばいい。これは市中に出ないのだから、政府と日銀だけが知っている「1兆円札」のようなものでいい(クルーグマンは1兆ドルコインを提案した)。それを日銀券に替えて政府が給付金を配れば、Mだけが増えてBは減らない。

だから財源は本質的な問題ではない。インフレの中で財政バラマキをやったらインフレが起こることは確実だから、高市政権の「積極財政」はヘリマネの一種だ。問題はそれをどうコントロールするかである。

ヘリマネはコントロールできるのか

この財政インフレをどうやって止めるのか。日銀券の発行は日銀がコントロールできるが、政府紙幣を使うのは政府だから、その流通は日銀がコントロールできない。政策金利を上げると、将来の(元利合計の)政府債務が増えてインフレが加速する。

同じような問題は、シムズも指摘している。財政インフレを止められるのは政府だけなので、緊急増税を提案している。彼の提案では、消費税の増税を凍結するという政府の方針を変更して増税すればいいのだ。これは上の式でいうと、分母Sを増やすことに相当する。

それでインフレが止まるかどうかはわからない。Sは人々の予想に依存しているので、人々が政府を信用しなくなったら、ハイパーインフレが起こる。これは途上国では日常的に起こるが、それを防ぐ方法として、著者は変動金利の永久国債を提案している。

高市政権のバラマキ予算も一種のヘリマネだが、この程度なら日銀が利上げすれば抑制できる。だが金利上昇で割引率が上がってSが下がるため、Pが上がって円安になるのが財政インフレの特徴である。これをコントロールするのは至難の業だが、本書も閉鎖経済で考えているので為替については何も書いてない。