治安維持法 - なぜ政党政治は「悪法」を生んだか (中公新書)
参政党の神谷代表が治安維持法を正当化して批判を浴びているが、これをコミンテルン陰謀史観で語るのは歴史を二重に誤解している。1925年に治安維持法ができたとき、それは世界的には珍しい法律ではなかったが、日本に「共産主義の脅威」はなかった。

欧米でも共産党を規制する法律が制定されていたが、日本共産党はコミンテルンの日本支部で、党員は数十人。しかも内部にはスパイが入り込み、党の方針は公安にだだもれだった。今でいえばNHK党ぐらいのトンデモ政党で、一般人はその存在も知らなかった。

しかし公安はその脅威を過大評価した。他の国の治安立法は「暴力革命」を禁じるものだったが、治安維持法は「國体を變革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し又は情を知りて之に加入したる者は十年以下の懲役又は禁錮に處す」という規定で、結社(共産党)を禁じた。

最高刑はのちに死刑に引き上げられたが、死刑に処せされた者はいない。これについて清水幾太郎は「戦後の左翼は治安維持法に復讐しようとした」と書いた。日本独特の平和主義的リベラルは、治安維持法で植えつけられた国家への恐怖から生まれたのだ。

続きは7月21日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)