歴史としての日米安保条約――機密外交記録が明かす「密約」の虚実
高市首相のふるまいを「属国しぐさ」と批判すると、ネトウヨから「属国で何が悪い」とか「対米従属しか日本の生きる道はない」といった反応が来る。属国でいいなら、憲法改正も安保法制も必要ない。左翼が反米なのはわかるが、右翼まで自民党の結成された目的を知らない時代になったのか。

自由党と日本民主党が1955年に保守合同した最大の目的は、占領状態を脱却して再軍備し、安保条約を日米相互防衛条約にして米軍を撤退させることだった。米軍基地を残したままのサンフランシスコ平和条約は属国条約であり、基地が治外法権になっている不平等な安保条約を改正し、日米が対等の同盟国になることが自民党の悲願だった。

1955年8月に鳩山一郎内閣の重光葵外相が訪米し、ダレス国務長官に相互防衛条約の日本案を見せた。その第4条まではNATOなどと同じ共同防衛の規定だが、第5条には「日本国内に配備されたアメリカ合衆国の軍隊は、この条約の効力発生とともに、撤退を開始するものとする」と書かれていた。

これに対してダレスは「現憲法下において相互防衛条約が可能であるか。日本は米国を守ることができるのか。たとえばグワムが攻撃された場合はどうか」と質問した。重光は「自衛である限り協議が出来るとの我々の解釈である」と答えたが、ダレスは「それは全く新しい話である。日本が協議に依って海外派兵できると云う事は知らなかった」と驚いてみせた。

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