最近、銀行のリストラが話題だ。決済機能は100%コンピュータで代替でき、融資や仲介業務もAIでできるので、給料の高い銀行員はIT投資のリターンが大きい。正社員のコストは労働生産性よりはるかに高いので、銀行員が定年退職して時給1000円でコンビニの店員をやると賃金は大幅に下がる。これが労働分配率の下がる原因だ。

労働がATMやPOSなどで自動化されると、賃金は労働生産性に近づく。コンピュータにできないクリエイティブな労働は少ないので、平均賃金は理論的にはIT投資の収益率(レンタル価格)と等しくなる。それがマルクスが、労働力の商品化(コモディタイズ)という言葉で表現したことだ。

これを契約理論で考えると、労働サービスを(たとえばロボットとして)売買できるようになると、雇用という非効率な長期契約が必要なくなる。Hartが指摘したように、企業は奴隷制の禁止によって人的資本が売買できない近代社会の制約に適応する制度だから、雇用契約がなくなると物的資本を所有する必要もなくなり、資本主義は終わるかもしれない。

資本の所有権で労働者を支配するシステム

資本家は労働者の人的資本を所有できないが、物的資本の所有権で間接的に支配できる。あなたがコンビニの店長だとしよう。経営者に命令されたとき、拒否して解雇されたら他の職をさがさなければならないので、いうことを聞くしかない。ここでは経営者が店という資本を所有していることによって、労働者をコントロールできる。

しかしあなたがパートで雇われた店員だとすると、いやな命令を受けたらやめればいい。もし解雇されてもまったく同じ条件で他の企業に移れる外部オプションがあると、労働者は資本家と対等になるので、雇用契約によって支配できない。

つまり労働市場の不完全性がなくなると、人間とロボットに本質的な差はなくなる。もし人間とまったく同じロボットがコンビニで働くようになると、あなたの時給とロボットのレンタル価格は等しくなる。時給1000円で年間2000時間働くとすると200万円だから、5年使えるロボットが1000万円以下で買えるなら、経営者はロボットを買うだろう。

労働者が全員ロボットになったら、雇用契約は必要なくなり、ロボットが必要なくなったら売ればよい。労働者もそれと同じ条件に近づくだろう。面倒な雇用契約の必要な労働者をやとう企業はないからだ。逆にいうと労働者を雇用契約で拘束する必要がなくなるので、彼らを企業で組織する資本主義の意味もなくなる。

労働者は豊かになるが格差は広がる

では労働者は生活できなくなるかというと、そんなことはない。どんな人にも必ず比較優位はあるので、肉体労働や接客業など、ロボットで代替できない職業は必ず残るが、その賃金が今より高くなるかどうかはわからない。

これはSF的な話にみえるかもしれないが、今グローバルな労働市場で起こっていることだ。2000年以降、日本の単純労働者の実質賃金が下がっているのは、新興国で生産する安価な工業製品の輸入や海外生産で、要素価格の均等化が起こっているからだ。これは人間の時給とロボットの価格が均等化するのと同じで、長期的には避けられない。

これはそれほど悲観的な未来ではない。グローバル化で生産性は高まるので、平均所得は今後も伸びるだろう。大部分の労働者はロボットや新興国と競争するようになるが、意思決定や技術開発などを行う少数のエリートは高い所得を得るので、中央値(メディアン)はそれほど上がらない。

したがって年齢に依存した今の社会保障を改め、ベーシック・インカムのようなフラットな所得再分配に切り替える必要がある。労働市場の流動化は避けられないし、避けるべきではない。「働き方改革」と称して、労働市場の不完全性を守るのは逆である。