日経新聞も朝日新聞も財政タカ派だから、FTPLには否定的だ。私もその結論に反対ではないが、「インフレ税は不公平だ」という批判は誤っている。少なくとも理論的には、インフレ税は金融資産への一律課税だから、Lucas-Stokeyのいう最適課税になる。所得分配も、預金が目減りして金持ちが損するので(相対的には)公平になる。

それより大きいのは、世代間の所得分配を公平にする効果である。公的年金などの社会保障債務の減額は政治的に不可能だが、インフレ税なら踏み倒せる。シムズもいうように、これを政治的に解決する方法はインフレ以外に考えられない。財政タカ派のいうように政府が「地道に増税」すると、デフレになって実質債務は増え、かえって不公平になる。

インフレ税の最大の難点は、多くの人が批判するように、政府が物価上昇率をコントロールできないことだが、これは今のまま放置しても同じだ。政府債務が極限まで積み上がると、いずれ長期金利が上昇し、インフレが起こる。
インフレ税の規模は心理で決まる

そのとき金利に対して線形に物価が上昇するか、インフレスパイラルになるかが問題である。シムズは、この調整過程を次のようなテイラールールと想定している(ここでは簡略化した)。

 r'=θp'-(r-ρ)

ここでrは金利、θは時間選好率、pは物価、ρは実質収益率で、'は変化率(時間による微分)を示す。これは「中銀は物価上昇率p'が上がると金利を引き上げる」というルールを示す。ここで「名目金利=実質収益率+物価上昇率」とするとr=ρ+p'だから上の式に代入して

 r'=(θ-1)p'

となり、θ>1とすると、物価上昇率が上がると金利上昇率が上がり、これによって物価上昇率が上がる…というスパイラルになる。金利上昇によって物価上昇率は下がると想定するのが通常のマクロ経済理論だが、FTPLでは金利上昇で政府債務が増えてさらに物価が上昇すると考えるので、物価も金利も発散する。

現実には、そういう劇的な変化は起こらない。物価が無限大に近づくと政府の実質債務はゼロに近づくので、どこかで政府は予算制約にぶつかる。これを代表的家計が計算すると、実質債務を超える消費はできないので消費を削減し、物価は非リカーディアン均衡で安定するはずだ…というのがシムズの想定である。

これは物価と金利に非線形の関係を想定しているが、シムズの理論モデル(線形の微分方程式)には入っていないので、物価水準が2倍になるか10倍になるかはわからない。投資家が合理的(完全予見)であれば政府の長期的な資産制約を意識するのでゆるやかなインフレになるが、短期的な動きに反応するとハイパーインフレになる。インフレ税がどれだけ大きなショックをもたらすかは、投資家の心理に依存するのだ。