安倍首相の「デフレ脱却を考えると国債を返し過ぎだ」という発言が、債券市場に波紋を呼んでいる。今年1月20日の施政方針演説では、2020年のプライマリーバランス黒字化という目標が消えた。これは「シムズ理論の甘い誘惑」だと日経は批判しているが、首相の発言が昨年秋だとすると、ヘリマネだろう。

両者はまったく違う理論だが、結論は似ている。「政府と日銀は親会社と子会社みたいなもの。連結決算で考えてもいいんじゃないか」という安倍首相の発言も、政府と中銀のバランスシートを統合すべきだというFTPLと一致し、理論的には正しい。

インフレ税のもっともむずかしい点は、政府が財政規律を放棄することで、これをあまり露骨にやるとハイパーインフレになるので、少しずつやれば市場が徐々に織り込んでゆるやかにインフレになる、というのがSims(2013)の理論である。首相はきわめて徐々に財政規律を放棄し始めたのかもしれない。
ゆるやかな「出口戦略」は可能か

黒田総裁の任期はあと1年しかないので、彼が退任するとすれば、バーナンキのように「出口」の道筋をつけてやめるだろう。少なくとも(国債の買い入れを減額する)テーパリングはやらないと物理的に国債市場を日銀が買い占めてしまうので、年内に出口は来るだろう。そのときが危機だというのが経済学者の見方だが、どうだろうか。

理論的には、日銀が国債を売って名目金利が上がっても、合理的な投資家がインフレになると予想すれば実質金利は変わらない。それを市場が織り込むと、ゆるやかにインフレと金利が上がるので、それをテイラールールで調整する。2%のインフレ目標が達成されるまで消費税の増税を凍結するというシムズの提言は、消費税でなくてもいい。財政赤字を徐々に増やしてインフレの確率を高めることがポイントだ。

もちろん現実の投資家は合理的ではないので「振動」するが、それは経済が破滅するほどの規模になるだろうか。日本の終戦直後でも、インフレ率は最大200倍だったが、物価水準は5倍で収まった。直接の被害は金融機関(特に地方銀行や信用金庫)だが、これは日銀が資金供給すればいい。

ありそうなシナリオは、年内に黒田総裁が何も宣言しないでテーパリングを始め、彼の2期目で国債を売ることだ。そのときソロスのような投機的な動きが起こるリスクは小さくないが、邦銀の同調圧力は強い。彼らがあわてて売ったら破滅することはわかっているので、(全体としては)合理的に非リカーディアン均衡に軟着陸する可能性もある。

DSGEやFTPLで想定している「代表的家計」の本質は、それが合理的だということではなく、全員が同じ効用関数をもっていることだ。投資家の同質性がきわめて強いと、日銀はそれを一つの家計のようにコントロールできるかもしれない。悪くしても、シムズのシミュレーションでは年率2倍のインフレだ。

金融政策で「インフレ期待」が起こらないことはこの4年で明らかになったが、財政政策で起こせる保証もない。ハイパーインフレが突然起こるという心配も、もしかすると杞憂かも知れない。それに賭けるのは危険なギャンブルだが、まったく根拠がないわけではない。物価水準も究極的には心理に依存しているからだ。