翁邦雄氏の新著はFTPLを否定的に評価しているが、私はシムズの予言は当たると思う。彼はロイターでハイパーリカーディアンというおもしろい言葉で、日本の現状を表現している(誤字は訂正された)。
この種の議論をする際によく持ち出されるリカーディアン均衡(リカードの等価定理)的な考え方では、追加的な政府支出の効果は将来の増税予測によって相殺されるというが、現在は[日本では]相殺どころか、それ以上の増税を予測する「ハイパーリカーディアン」とでも呼ぶべき「期待」がむしろ広がってしまっている。
これは私が非リカーディアン不均衡と呼んだものと同じだ。FTPLの均衡条件では、

 物価水準=名目政府債務/財政黒字の現在価値 (1)

ここで名目政府債務は1100兆円だから、物価が1前後で安定しているということは、投資家が日本政府は将来1100兆円の財政黒字を出すと予想していることを示す。

これは金利を含めると2000兆円以上の増税か歳出削減が必要だから、明らかに政府(財務省)は過剰に信頼されている。いずれ投資家は間違いに気づくだろうと思って、翁氏を初め多くの専門家が金利上昇とインフレを予想したが、ことごとく外れた。なぜだろうか?
「人為的な財政インフレ」は可能か

この点をFTPLは理論的に示している。(1)式は長期の均衡条件だが、今の物価を黒字の現在価値で説明する式なので、これは明らかに成り立っていない。つまり日本の現状は

 均衡物価水準>名目政府債務/財政黒字の現在価値 (2)

というハイパーリカーディアンな不均衡状態になっていると思われる。右辺の分母は株式の現在価値のような投資家の主観的な予想だが、これが大きすぎることが不均衡の原因である。

シムズは(2)式を等号に近づけるために消費税の増税を延期して税収(右辺の分母)を減らし、徐々に均衡に近づける人為的な財政インフレを提案している。FTPLは全知全能の「代表的家計」を想定しているので調整は連続的に行われるが、実際にそうなるとは限らない。

シムズは楽観的で「そんなに大きな危険はない。人々はなぜハイパーインフレが良くないかを理解している。インフレは政治的にも不人気だ。どう対処すべきかも分かるし、対処のための政策手段も整っている」という。ハイパーリカーディアンな状態を続けるよりましだという意味だろう。

私も巨額の社会保障債務を減らすには財政インフレしかないと思うが、楽観はできない。財政赤字が増えると右辺の分母が小さくなり、物価が上がって名目金利が上がり、国債価格が下がる…というスパイラルに入って金融危機が起こるおそれがあるので、危険な社会実験である。