シムズが来日し、「消費税の増税を延期せよ」と提言している。これはクルーグマンのいい加減な話とは違い、検討に値する。彼は安倍首相とも会うようで、「アベノミクス2.0」としてFTPLが採用される可能性も出てきたが、彼のインタビューには気になる部分がある。
――物価上昇が止まらなくなり、ハイパーインフレーションにはなりませんか。

(シムズ)そんなに大きな危険はない。人々はなぜハイパーインフレが良くないかを理解している。インフレは政治的にも不人気だ。どう対処すべきかも分かるし、対処のための政策手段も整っている。物価が上がるよりも素早く金利を上げる。財政政策でも対処できる。[…]

むしろ低金利環境が長引き、なかなか物価上昇率が高まらないケースの方が心配だ。最初は動かなくても、やがて急激に上がる瞬間が来る。急な調整を迫られる可能性もある。だからこそ物価上昇率が早めに、少しずつ上がるようにしておくべきなのだが。
前半は政治的な発言だろうが、「物価が上がるよりも素早く金利を上げる」のは危ない。国債が暴落して、ハイパーインフレの引き金を引くからだ。これは彼のシミュレーションで予想している通りである。

後半が本音だろう。理論的には、FTPLで長期的に均衡財政になるRicardian均衡が維持できるのは、初期に(たまたま)均衡財政だったときに限られる。それ以外の場合は物価も金利も発散し、天井に当たってNon-Ricardian均衡で止まる。彼のシミュレーションでは、ベストシナリオでも200%のインフレだ。

しかし実証的には、FTPLには疑問がある。2003年の内閣府の実証研究では、図のように「プライマリー黒字(縦軸)の減少の後で、将来の実質財政余剰の割引現在価値の期待値(横軸)は有意に増加する」というデータが出ており、「たとえFTPLが成立しても拡張的な財政政策は物価上昇に結びつかない」という結論を出している。

だからシムズも心配するように、消費税の増税延期ぐらいでは何も起こらない。しかし増税を延期すると金利上昇のマグマが貯まり、「やがて急激に上がる瞬間が来る」。それは通貨の信認が毀損されたときだ。少なくとも理論的には、マイルドな財政インフレを起こすことはできない。ガラスを2%割ることはできないように、通貨の信認を少しずつ失うことはできないのだ。

追記:小幡績氏のコラムは混乱しており、「物価は発散するが、ハイパーインフレにはならない」というのは意味不明だ。「累積財政赤字(利子支払い部分を除く)によって物価水準が決まる」というのは、名目政府債務と実質プライマリー黒字を混同している。シムズも私も「ハイパーインフレを起こせ」などとは言っていない。そんなバカなことをいう経済学者は、世界中に一人もいない。