新訳 ヒトラーとは何か
トランプ大統領の入国禁止令は世界に大混乱を引き起こしているが、彼は公約を実行しているだけだ。この一貫性は、不気味なほどヒトラーに似ている。ドイツ人の「生存圏」を東欧に拡大する計画も、ユダヤ人の「除去」計画も、1926年の『わが闘争』で予告されていた。

ヒトラーを「極右」とか「ファシスト」と分類するのは誤りだ、と本書はいう。右翼を「保守反動」とするなら、彼はその反対の革命家だった。ファシストは特権階級の既得権を守るが、ヒトラーは特権階級を攻撃した。ナチは「労働者の味方」と自称する社会主義的な左翼であり、その手法は大衆の支持を得てエリートを打倒するポピュリズムだった。

彼らの共通点は、敵が明確なことだ。それはヒトラーの場合はユダヤ人であり、トランプの場合はメキシコ人だが、味方は誰なのかはっきりしない。ヒトラーの場合には「アーリア人」という奇妙な概念があったが、トランプにはそれさえない(たぶん「白人」だが、さすがに口に出せない)。
ヒトラーの「すべてに冠たるドイツ」はトランプの「アメリカ・ファースト」に似ているが、それは石原慎太郎氏を敵とする小池知事の「都民ファースト」とほとんど同じだ。ヒトラーがユダヤ人をなぜあれほど敵視したかは合理的には理解できないが、外部に敵をつくってつねにそれと戦うというポピュリズムの公式には合致している。

ヒトラーは国家よりも「人種」という(定義不明の)概念を信じ、社会的ダーウィニズムにもとづいて「劣った人種を淘汰すべきだ」という優生学を信じていた。それは第2次大戦までは有力な「科学」であり、当時としてはそれほど特異な信念ともいえなかったが、実際にユダヤ人を600万人も殺したのは異常というしかない。

おもしろいのは、彼が「平和主義者」だったという話だ。近代の主権国家では、各国が至上の主権をもつので、それを超えた政府は不可能で戦争は終わらない。最終的に戦争をなくすには、ドイツが少なくともヨーロッパを征服し、「第三帝国」として統一するしかない。その主体がドイツ人であることは「アーリア人」の人種的優越性で正当化される。

アーリア人が世界を統一するとき、各国の「同質性」を生み出すには共通の敵が必要だ。著者によれば、それがユダヤ人だとヒトラーは考えたという。ホロコーストの証拠は残っていないのではっきりしないが、本気で第三帝国を建設するつもりだったら、そう考えた可能性はある。

しかし反ユダヤ主義は近世まではあったが、20世紀には弱まっていた。それはローカルな社会を超えた遠距離貿易の商人や高利貸しの代名詞だったが、マルクスもいったようにコミュニティを破壊する資本主義では、すべての人が「ユダヤ人」になるからだ。この点でヒトラーの設定した仮想敵は見当違いだったが、それは「鬼畜米英」という藁人形を敵として日米戦争に突入した日本よりましだろう。