「安倍一強」の謎 (朝日新書)
第2次安倍内閣は、近来まれにみる安定政権である。「安倍の言論弾圧」などといわれているのも、長期政権の「暗黙の圧力」が強いからだ。たとえば麻生内閣のときは「漢字が読めない」といった嘲笑的な報道が横行したが、今はマスコミがそういう報道を自粛し、朝日新聞は慰安婦問題の誤報を「自白」して政権との関係を修復しようとした。

この強さの原因として本書の基本的な見方は、御厨貴氏と同じく、菅官房長官が内閣人事局を通じて各省の幹部600人の人事を決めるようになったことだという。問題ごとに特命チームが組織され、官邸が党をバイパスして官僚機構を直接コントロールする「政治主導」が実現したのだ。
政策的には、内閣支持率を高める要因はない。安倍氏は金融政策で「デフレ脱却」して景気を劇的に回復させるつもりだったらしいが、物価はデフレに戻り、まもなく発表されるGDPの1Q速報値は4四半期連続でマイナスと予想され、経済は最悪だ。

安保法制でも失敗した。本来は内閣法制局の見解を変更して集団的自衛権を合憲とした上で、国会で技術的な問題を審議する予定だったが、法案審議とは別の憲法審査会で自民党の参考人が「集団的自衛権の行使は違憲」と述べたため、憲法論争が蒸し返されて国会が大混乱になってしまった。

つまり経済政策も政局運営もうまく行っていないのだが、内閣支持率は高い。政権を救っているのは、つまらない憲法論争しか争点の出せない無能な野党である。民進党が安倍内閣に学ぶべきなのは、この程度の政権でも官邸が戦略的に官僚機構をコントロールすれば政権は維持できるということだ。

民主党の「政治主導」はなぜ失敗したか

民主党政権も「政治主導」をめざしたが、失敗した。その原因は、政務三役が官僚に命令すれば彼らが従うと考えていたことだ。むこう4年ももたないことが明らかな民主党政権で、1年ぐらいで交替する政務三役のいうことなんか、官僚が聞くはずがない。

「意思決定の政府への一元化」も失敗した。当初は政策審議会を廃止して官邸に意思決定を集中したが、官邸スタッフが足りなくて処理できなくなった。他方、政審会の部会で「族議員」としておいしい思いをするつもりだった議員は不満をもち、小沢幹事長が「陳情は幹事長に一元化する」と決めたことで、かえって変則的な二元的意思決定になった。

これは官僚を動かす最大のモチベーションは人事であるという霞ヶ関の鉄則を民主党が知らなかったからだ。内閣人事局の構想は麻生政権のとき出て、民主党政権でも議論されたが、人事院が強硬に反対して実現しなかった。

このとき民主党政権は「天下り禁止」を主眼にしていたが、その抜け穴として「現役出向」というしくみができ、ほとんど効果はなかった。年功序列を壊さないで天下りだけを禁止すると、仕事のない高給の幹部職員がふえるだけだ。

大事なのは天下りではなく、政治任用を実現することなのだ。これは戦前は当たり前だったが、戦後に官僚主導の「戦後改革」で一掃され、閣僚は事務次官の決めた人事を追認するだけになった。

したがってアメリカのように民間から起用することはむずかしいが、内閣人事局では審議官以上(600人)の人事を官房長官が決めることができる。これは、かつては官房副長官(事務)のやっていた仕事で、石原信雄氏などは「霞ヶ関の人事部長」といわれていた。

チャンドラーは「組織は戦略に従う」といったが、日本では戦略が組織に従う。特に死ぬまで役所に面倒をみてもらう霞ヶ関では、政策は人事に従うのだ。これを官房長官が握った意味は大きい。

しかも菅氏はその威力を知っているから、細かい人事まで口を出すという。たとえば今年の人事で話題になったのは、厚労省の年金担当の審議官に財務省から転籍させた人事だ。これは将来、年金会計を整理する伏線ともみられる。安倍政権は実質的には「菅政権」だから、彼が健在である限り、「安倍一強」は続くだろう。