スマートフォン向け放送サービス「NOTTV(ノッティーヴィー)」(パックコース、シングルコース)および「モバキャス」サービスを2016年6月30日(木)をもって終了させていただきます。永らくご愛用いただきましたことを、スタッフ一同、心より御礼申し上げます。11月末、こんな告知がNTTドコモのグループ会社mmbiのホームページにひっそり出た。大手メディアはまったく報じないが、累積赤字は996億円で500億円の債務超過だ。2012年4月にサービス開始した「マルチメディア放送」が、わずか3年で破綻したのはなぜだろうか?
テレビ局に国費を投じるために電波を止めた
NOTTVの使っているVHF帯は、昔アナログ放送をやっていた電波である。これをデジタル化するとき、総務省はすべての局をUHF帯(470~710メガヘルツ)に移行することを決めた。しかしデジタル化には1兆円以上コストがかかるが、広告料金は増えないので、民放連は反対した。
そこで総務省は、地方民放のアナアナ変換(周波数変換)の経費3000億円以上を国費で補填しようとした。これは電波法違反である。無線局の移設は無線事業者の負担で行なうもので、世界のどこの国でも政府が補助した例はない。しかも国費を私企業に投入することも違法の疑いがあるので、2001年度の予算査定で大蔵省が難色を示した。
総務省は「VHF帯を空けて有効利用するので国民的な利益がある」という理由で、2011年に無理やり電波を止めることを決めた。このためVHF帯の電波は2011年7月にすべて止まり、全国で1億3000万台以上あったアナログテレビは粗大ゴミになった。
問題は、この「跡地利用」をどうするかだった。民放連は「VHF帯は放送局の既得権だ」と主張し、総務省は民放連グループに「一本化工作」をしたが、外資系のクアルコムは、アメリカでスタートしていた携帯放送サービスをこの帯域でやろうとし、「放送局が全国に数百の携帯基地局を建てるのは不可能だ」と批判した。
困った民放連は通信業者を引き込もうとドコモに声をかけ、クアルコムはKDDIを引っ張り込んで一本化に抵抗した。当時の民主党政権も「周波数オークションでフェアに決着をつけろ」と指摘したが、総務省は必死でオークションに抵抗した。電波を裁量的に分配する電波社会主義が、彼らの権力や天下りの源泉になっているからだ。
ドコモとクアルコムの争いは政治を巻き込み、2010年8月には衆議院議員会館で公聴会が開かれた。民主党の議員が「電波監理審議会が技術を選べるのか」と質問したのに対して、総務省情報流通行政局の大橋秀行総務課長は「審議会に対して諮問し答申をいただきますけれども、評価は私どもの方でいたします」と、審議会が形だけであることを告白した。
彼のいった通り、電監審はわずか2時間の審議でドコモ=民放連グループに免許を与える答申を出した。ドコモは「5年後に5000万台が普及する」という事業計画を出したが、NOTTVの13チャンネルを使う委託放送業者の申し込みはなく、結局mmbiが自分で13チャンネルを使うことになった。13部屋の分譲マンションを売り出したら、誰も借りなくて大家が全部借りたようなものだ。
オークションを阻止して密約を守った総務省
この背景には、複雑な事情がある。2007年に2.5ギガヘルツ帯の比較審査が行なわれたとき、4グループの中でドコモのグループが落選し、ウィルコムが当選したが、その理由に業界は驚いた。「継続的に運営するために必要な財務的基礎がより充実している」という点でウィルコムがドコモよりすぐれているというのだ。
日本有数の高収益企業ドコモより「財務的基礎が充実」していたはずのウィルコムは、まもなく経営が破綻してカーライル・グループに買収され、さらに経営が行き詰まってソフトバンクに買収された。
VHF帯の話を民放連からもちかけられた当時のNTTドコモの執行役員、夏野剛氏は「筋の悪い話だと思ったが、一応、社長に上げたら通ってしまった」という。現場は反対したが、中村維夫社長は考えを変えなかった。ドコモは総務省や民放連に恩を売り、総務省は外資を排除するためにドコモを利用する密約が成立したわけだ。
最初VHF帯は「移動体通信に使う」とされていた。携帯の電波は足りないのでいくらでも使い道はあると電波部は楽観していたが、「跡地利用」は難航した。VHF帯は周波数が低いので、遠くまで届く利点がある一方、波長が長いため大型のアンテナが必要で、一方向の放送サービスしかできないのだ。
しかたがないので10~12チャンネルは「マルチメディア放送」、4~8チャンネルは「自営通信」と称して、警察や消防や自治体などに割り当て、「防災マルチメディア放送」に使うことになった。しかし災害のときはテレビ中継するので、同じ災害の映像を5チャンネルも放送する意味がない。ここもいまだに空いたままだ。
テレビの跡地の用途はテレビしかない
全国のアナログテレビを粗大ゴミにして空けたVHF帯は、結局テレビ以外の使い道がない。それなら「マルチメディア放送」なんかやめて、テレビ放送をすればいいのだ。VHFのアンテナはまだかなり残っているので、テレビにデジタルチューナーをつけるだけで受信できる。
今は画像圧縮技術が発達しているので、VHF帯の70メガヘルツがあれば、地デジのHDTV放送なら40チャンネル以上とれ、4Kや8Kの放送もできる。アメリカではUHF帯からVHFに引っ越す作業が行なわれる予定だが、日本ではUHF帯の中継局を整理するだけでいい。UHF帯は200メガヘルツ以上も余っているからだ。
問題はテレビ局がこれを浪費していることだが、徐々に整理されている。昨年から運用開始した東京スカイツリーは、関東1都6県で21~28チャンネルしか使っていないので、29~52チャンネルは空いている。これから電波を整理すれば、全国で200メガヘルツ近く電波が開放できる。
ここで重要なのは、VHF帯もUHF帯も、総務省の裁量を排して周波数オークションで配分することだ。NOTTVが失敗したのは、官僚が電波を社会主義的に分配したからだ。民主党政権のとき電波法改正でオークションを可能にしたが、総務省は撤回してしまった。
電波をオークションで開放すれば、VHF帯とUHF帯の合計で200メガヘルツ以上が新しいビジネスのフロンティアになり、国庫収入も2兆円近く上がる。新しいモバイルキャリアやテレビ局が参入すれば、イノベーションも実現できる。これこそ最強の「成長戦略」ではないか。
NOTTVの使っているVHF帯は、昔アナログ放送をやっていた電波である。これをデジタル化するとき、総務省はすべての局をUHF帯(470~710メガヘルツ)に移行することを決めた。しかしデジタル化には1兆円以上コストがかかるが、広告料金は増えないので、民放連は反対した。
そこで総務省は、地方民放のアナアナ変換(周波数変換)の経費3000億円以上を国費で補填しようとした。これは電波法違反である。無線局の移設は無線事業者の負担で行なうもので、世界のどこの国でも政府が補助した例はない。しかも国費を私企業に投入することも違法の疑いがあるので、2001年度の予算査定で大蔵省が難色を示した。
総務省は「VHF帯を空けて有効利用するので国民的な利益がある」という理由で、2011年に無理やり電波を止めることを決めた。このためVHF帯の電波は2011年7月にすべて止まり、全国で1億3000万台以上あったアナログテレビは粗大ゴミになった。
問題は、この「跡地利用」をどうするかだった。民放連は「VHF帯は放送局の既得権だ」と主張し、総務省は民放連グループに「一本化工作」をしたが、外資系のクアルコムは、アメリカでスタートしていた携帯放送サービスをこの帯域でやろうとし、「放送局が全国に数百の携帯基地局を建てるのは不可能だ」と批判した。
困った民放連は通信業者を引き込もうとドコモに声をかけ、クアルコムはKDDIを引っ張り込んで一本化に抵抗した。当時の民主党政権も「周波数オークションでフェアに決着をつけろ」と指摘したが、総務省は必死でオークションに抵抗した。電波を裁量的に分配する電波社会主義が、彼らの権力や天下りの源泉になっているからだ。
ドコモとクアルコムの争いは政治を巻き込み、2010年8月には衆議院議員会館で公聴会が開かれた。民主党の議員が「電波監理審議会が技術を選べるのか」と質問したのに対して、総務省情報流通行政局の大橋秀行総務課長は「審議会に対して諮問し答申をいただきますけれども、評価は私どもの方でいたします」と、審議会が形だけであることを告白した。
彼のいった通り、電監審はわずか2時間の審議でドコモ=民放連グループに免許を与える答申を出した。ドコモは「5年後に5000万台が普及する」という事業計画を出したが、NOTTVの13チャンネルを使う委託放送業者の申し込みはなく、結局mmbiが自分で13チャンネルを使うことになった。13部屋の分譲マンションを売り出したら、誰も借りなくて大家が全部借りたようなものだ。
オークションを阻止して密約を守った総務省
この背景には、複雑な事情がある。2007年に2.5ギガヘルツ帯の比較審査が行なわれたとき、4グループの中でドコモのグループが落選し、ウィルコムが当選したが、その理由に業界は驚いた。「継続的に運営するために必要な財務的基礎がより充実している」という点でウィルコムがドコモよりすぐれているというのだ。
日本有数の高収益企業ドコモより「財務的基礎が充実」していたはずのウィルコムは、まもなく経営が破綻してカーライル・グループに買収され、さらに経営が行き詰まってソフトバンクに買収された。
VHF帯の話を民放連からもちかけられた当時のNTTドコモの執行役員、夏野剛氏は「筋の悪い話だと思ったが、一応、社長に上げたら通ってしまった」という。現場は反対したが、中村維夫社長は考えを変えなかった。ドコモは総務省や民放連に恩を売り、総務省は外資を排除するためにドコモを利用する密約が成立したわけだ。
最初VHF帯は「移動体通信に使う」とされていた。携帯の電波は足りないのでいくらでも使い道はあると電波部は楽観していたが、「跡地利用」は難航した。VHF帯は周波数が低いので、遠くまで届く利点がある一方、波長が長いため大型のアンテナが必要で、一方向の放送サービスしかできないのだ。
しかたがないので10~12チャンネルは「マルチメディア放送」、4~8チャンネルは「自営通信」と称して、警察や消防や自治体などに割り当て、「防災マルチメディア放送」に使うことになった。しかし災害のときはテレビ中継するので、同じ災害の映像を5チャンネルも放送する意味がない。ここもいまだに空いたままだ。
テレビの跡地の用途はテレビしかない
全国のアナログテレビを粗大ゴミにして空けたVHF帯は、結局テレビ以外の使い道がない。それなら「マルチメディア放送」なんかやめて、テレビ放送をすればいいのだ。VHFのアンテナはまだかなり残っているので、テレビにデジタルチューナーをつけるだけで受信できる。
今は画像圧縮技術が発達しているので、VHF帯の70メガヘルツがあれば、地デジのHDTV放送なら40チャンネル以上とれ、4Kや8Kの放送もできる。アメリカではUHF帯からVHFに引っ越す作業が行なわれる予定だが、日本ではUHF帯の中継局を整理するだけでいい。UHF帯は200メガヘルツ以上も余っているからだ。
問題はテレビ局がこれを浪費していることだが、徐々に整理されている。昨年から運用開始した東京スカイツリーは、関東1都6県で21~28チャンネルしか使っていないので、29~52チャンネルは空いている。これから電波を整理すれば、全国で200メガヘルツ近く電波が開放できる。
ここで重要なのは、VHF帯もUHF帯も、総務省の裁量を排して周波数オークションで配分することだ。NOTTVが失敗したのは、官僚が電波を社会主義的に分配したからだ。民主党政権のとき電波法改正でオークションを可能にしたが、総務省は撤回してしまった。
電波をオークションで開放すれば、VHF帯とUHF帯の合計で200メガヘルツ以上が新しいビジネスのフロンティアになり、国庫収入も2兆円近く上がる。新しいモバイルキャリアやテレビ局が参入すれば、イノベーションも実現できる。これこそ最強の「成長戦略」ではないか。