大地のノモスロシアはヨーロッパなのだろうか。それは地理的には東欧に分類されるが、西欧との文化的な差は大きく、アジア的専制という点では中国に近い。シュミットも指摘するように、もともとヨーロッパというラウム(圏)が、近世以降の概念である。

神聖ローマ帝国で保たれていた秩序が中世末期に混乱し、宗教戦争(内戦)が頻発したのに対して、ウェストファリア条約でヨーロッパ公法が成立し、その構成要素として国家ができた。ここでは国家は法人として主権をもち、戦争が合法化された。

それまでの内戦が復讐のような犯罪だったのに対して、国家間の戦争では何万人殺しても罪には問われない。しかし国家主権は「至高の権利」なので、ラウム全体の支配者は定義によって存在しない。EUを支えているのも、キリスト教という価値観の共有である。

内戦と聖戦と正戦

この点でロシアはもともとロシア正教会という異質の要因を含んでおり、キリスト教共同体としてのヨーロッパ公法とはなじまない。国際法も実質的にはヨーロッパ公法なので、西欧圏とロシアの戦争は、ルールのない世界内戦になるおそれが強い。

戦争の原初的な形態は私闘であり、部族間の内戦である。ここにはルールがなく、強い者が勝つ。それがキリスト教の宗派対立として拡大したのが、中世末期以降の宗教戦争だった。これが人類の歴史上かつてない長期の内戦になったのは、みずからの宗派が正しく敵が邪悪だと考える聖戦だったからである。

多くの場合、内戦は一方が他方を圧倒するか、地域を分割して終わるが、ヨーロッパの場合はカトリックとプロテスタントの勢力が拮抗し、地理的にも混在したため、内戦が終わらなかった。そこで戦争の権利を主権者=領主に集中して合法化し、ゲリラ戦などの内戦を防止しようとしたのがウェストファリア条約だった。

しかしこれは戦争の防止にほとんど役に立たず、それなりに主権国家の秩序が安定したのは、第一次大戦後の国際連盟だった。ここでは主権国家どうしの戦争だけが合法的な正戦とされ、それ以外のゲリラ戦は犯罪とされたが、皮肉なことにこれ以降の戦争の多くは宣戦布告なきゲリラ戦(内戦)だった。その代表が、日中戦争である。

ラウムはその内部において価値観が共有され、民族や言語は異なっても一定の同質性がないと維持できない。ヨーロッパ圏はこの点で脆弱性を抱えており、国際連盟ができてからも世界大戦が起こってしまった。EUはこれを連邦国家もどきのブロック経済として再建しようという試みだったが、それも挫折した。

ヨーロッパの「同質性」とは何か

ブリュッセルのEU委員会に取材に行ったことがあるが、他の国の官僚と違うのは、話の内容がよく悪くも啓蒙的で、ドロドロした政治的駆け引きがないことだ。EUは形式的には大きな権限をもっているが、実際の決定は各国の合意がないとできない。個別の外交交渉では取引ができるが、多国間交渉では建て前論しかできない。

こうしてEUの決定は妥協的になり、むずかしい問題をすべて先送りする「日本型」に近づいてきた。通貨(金融政策)を統一するからには財政政策も統一し、ギリシャのような国には経済制裁を課す権限がEU委員会にないと、連邦としては成り立たない。これはアメリカの建国当時も論争になった問題で、反連邦主義者はどっちもバラバラにすべきだと主張したが、建国の父はどっちも統一すべきだと論じて合衆国憲法ができた。

これは当時のアメリカ移民の多くが複雑な伝統をもたないピューリタンで、黒人奴隷に市民権を与えないことによって同質性が実現したからであって、その後マイノリティの問題が大きくなると、南北戦争(Civil War)が起こった。結果的には、これを克服して連邦を維持したが、このとき南北に分割されてもおかしくなかった。今もアメリカを悩ませているのは、この同質性の欠如である。

ロシアも1990年代に社会主義が崩壊したころまでは、ヨーロッパ圏に同化しようとしたが失敗し、プーチンは逆にジョージア攻撃やクリミア併合など「大ロシア圏」をつくろうとした。しかしウクライナはそれに反発し、ヨーロッパ圏は緩衝国としてのウクライナを守るために結束した。この背景には「ヨーロッパ」をどう定義するかというむずかしい問題がある。