トランプ関税が4月9日に決行されるかどうかはまだわからない。上院では大統領が独断で関税を決めるのは憲法違反だという緊急法案が、超党派で提出された。株価が暴落しているので、2008年のTARPのように議会が撤回する可能性もあるが、関税案はまだ上院共和党で多数の支持を受けているらしい。
常識で考えると、この関税はアメリカ経済にも大損害を与え、何のメリットもないが、たぶんトランプのねらいはそこではない。これは「おれの言うことをきかないと罰を与えるぞ」という脅しであり、取引の材料だろう。いったん決行して世界経済を大混乱に陥れてから「このへんでやめといたるわ」となるのではないか。
それはこの暴力的な政策が、トランプ再選をもたらしたラストベルトの白人男性のルサンチマン解消という面もあるからだ。ヴァンス副大統領の書いたベストセラー『ヒルビリー・エレジー』の世界である。
グローバリゼーションという見えない敵
ヴァンスが2016年に書いたこの回想録には、中西部のプアホワイトの家庭に生まれ、父親が何人も替わり、母親が麻薬中毒という複雑な家庭で育った彼の生活を通じて、トランプ大統領を生んだ田舎者(ヒルビリー)の実像が描かれている。アメリカ経済は1990年代以降、ITとグローバリゼーションで復活したが、その中で中西部の白人は取り残された。製造業の工場が海外に移転して失業者が増え、麻薬中毒やアルコール中毒が増え、自殺率が激増した。

アメリカの白人の死亡率(Deaton)
プアホワイトの本当の敵はリベラルではなく、アジアの低賃金労働者なのだが、彼らにはその敵が見えないため、身近なリベラルや黒人を敵視し、それを攻撃するトランプが彼らのヒーローになった。それを軽蔑していたヴァンスも、それが集票に有利だとみて転向した。
1980年代に始まったアメリカ中西部の製造業の空洞化の最大の原因は、製造業が日本や中国との競争に敗れたことだ。その工場がなくなったり海外移転したりして、高給を得ていたブルーカラーが流通や外食などの低賃金の職場に移動し、貧困化した。ヴァンスは、グローバリゼーションが敵だと考えている。
Vice President Vance slams globalization for hampering American innovation https://t.co/rDfVDKGmdm
— The Hill (@thehill) March 18, 2025
いま日本で起こっている賃金低下の原因も同じだが、それに対する反応が違う。かつてアメリカの政治家は、雇用喪失の原因は日本の「不公正貿易」だと主張して、日米構造協議で日本を攻撃したが、ほとんど効果がなかった。日米貿易摩擦を解決したのは、円高によるバブルとその崩壊だった。
今回のトランプ関税は、80年代のレーガン政権さえやらなかった露骨な保護主義である。こうしたプアホワイトのルサンチマンを発散する効果はあるかもしれないが、アメリカ経済には大打撃を与えるので、そう長くは続かないだろう。


