早稲田大学が小保方氏の博士号を取り消さなかった処分については、茂木健一郎氏以外のすべての大学関係者が批判しているが、その全文がネットに出ているので読んでみた。以下、事実関係についての疑問点を簡単にメモしておく。
まず奇妙なのは、委員長の小林英明弁護士以外の委員が匿名になっていることだ。これでは、彼らが第三者であるのかどうかさえわからない。ポイントは、次の点だ。
「最終的な完成版の博士論文を製本すべきところ、誤って公聴会時前の段階の博士論文草稿を製本し、大学へ提出した。」と認定した。
私も博士論文を製本したが、とても大事な作業で、何度も読み直す。誤って草稿を製本するなんてありえない。しかし調査委員会は、彼女が公聴会に提出した「資料」にはテラトーマの図が3枚あったが、問題の博士論文には2枚しかないので、これは草稿のはずだ、と推測に推測を重ねる。委員会はこう書いている。
[委員会は]小保方氏の主張にいう博士論文が、当時、小保方氏が最終的な博士論文として真に提出しようとしていた博士論文と全く同一であるとの認定をするには、証拠が足りないと判断した。但し、上記事実に加えて、種々の事情を検討した上で「本件博士論文において、リファレンス、及びFig.10が著作権侵害行為等にあたるとされたのは、製本・提出すべき博士論文の取り違えという小保方氏の過失によるものである。」と認定した。
これは論理がつながっていない。彼女が公聴会に提出した「資料」が完成版なら、それは少なくとも主査の手元に残っているはずだ。ところが審査委員のもっているのは「草稿」だけで、彼女が大学に「完成版」を郵送したのは、今年の5月27日。改竄する時間は十分あった。

しかも両者の差分を取ったサイトによると、冒頭のNIHの論文のコピペは「草稿段階の過失」ではない。NIHでは"... explained in this document. "となっている部分を博士論文では"... this section"と修正するなど、他のサイトからコピペしたことがばれないように細工している。これは草稿ではなく、明らかに完成版として書いたものだ。

そして調査委員会は、こう認定する。
本件博士論文には、上記のとおり多数の問題箇所があり、内容の信憑性及び妥当性は著しく低い。そのため、仮に博士論文の審査体制等に重大な欠陥、不備がなければ、本件博士論文が博士論文として合格し、小保方氏に対して博士学位が授与されることは到底考えられなかった
学位が授与されることの考えられない論文に授与した学位は当然、剥奪するのだろうと思って読むと、結論は逆だ。
「上記問題箇所は学位授与へ一定の影響を与えているものの、重要な影響を与えたとはいえないため、因果関係がない。」と認定した。その結果、本件博士論文に関して小保方氏が行った行為は、学位取り消しを定めた学位規則第23条の規定に該当しないと判断した。
全体を読むと、調査委員会は「重大な不正があり、普通に審査していれば不合格」と結論しているのに、最後に「諸般の事情」でおとがめなしになったことがわかる。それは最後に書かれているように「早稲田大学がひとたび学位を授与したら、それを取り消すことは容易ではない」からだ。

これについて鎌田総長が会見していることでもわかるように、これは調査委員会の報告書ではなく、早稲田の大学としての判断である。委員会は「学位が授与されることは到底考えられなかった」と断定したのに、大学側が政治的配慮でその結論をくつがえしたことがわかるように報告書は書かれている。おそらく委員会も、そう書かないと自分の責任が問われることを恐れたのだろう。

大学の判断は、それなりに合理的である。理研と徹底的に争う小保方氏の博士号を剥奪したら、彼女が大学にも異議を申し立てることは確実だ。その紛争の過程で、少なくとも23件見つかっている同様の博士論文を調査せざるをえない。そうなると学部全体のスキャンダルになり、総長の進退問題になることも考えられる。

だからここで無理やり蓋をして、世間が忘れるのを待つということだろう。しかしネット時代に、そういう戦術が通用するだろうか。それよりこれで早稲田大学の学位についての信用が決定的に失われ、学問的権威も失われるだろう。今回の決定は「早稲田は大学が全部いい加減なので、彼女だけ処分はできません」と発表したようなものだ。