アゴラの書評の補足。『鑑の近代』には法実証主義という言葉がたくさん出てくる。これはlegal positivismの訳語だが、意味不明な誤訳である。もちろん定訳なので著者の責任ではないが、彼も説明しているように、これはpositive law(実定法)の派生語であり、科学の実証主義とは関係ない。本来は(positive law)ismという意味だから、実定法主義と訳すべきだ。
これは訳語だけの問題ではなく、法実証主義と訳すと対立概念がよくわからない。実定法主義と訳すと、その対義語が自然法思想であることは明らかだ。Positiveという言葉は「人為的な」という意味で、「自然な」という言葉に対立する概念だ。この自然は神の隠語だから、法は神の秩序だというのが自然法思想である。
ケルゼンの実定法主義は自然法を否定し、法をその形式的な整合性だけで論じた。これは数学におけるヒルベルトの公理主義や言語学におけるソシュールの構造主義と同じで、法が正しいかどうかはその手続きの正当性と条文の無矛盾性のみで決まる。逆にいうと立法府が正当な手続きを踏んで制定した法は、ヒトラー政権の法であっても正しい。
このような実定法主義を、ハイエクは『法と立法と自由』で激しく批判した。ケルゼンの実定法主義は論理的には社会主義であり、立法府にはすべてが許されるという国家万能の思想だ。制定法(legislation)の論理整合性などは大した問題ではなく、それが人々の慣習の中で長い時間かけて育ってきた法(law)にもとづいているかどうかが問題なのだ。
これはShleiferなども実証したように、経済学的にはおおむね正しい。大陸法型の実定法中心の国は大きな政府になり、裁量的な規制が多く、腐敗もひどい。ケルゼンの学説がもっとも広く普及したのが旧社会主義国だった。
しかしその例外は日本である。日本の法律は、Shleiferの類型でいえば社会主義型に近い極端な実定法主義なのに、戦後は驚異的な経済成長を実現した。それは日常生活ではコモンローでやっているからだ。みんな法律なんか知らないし関心もないから、東京都知事が原発を止めるなどという荒唐無稽な話が選挙で語られる。
川島武宜も指摘したように、明治期につくられた法律を人々は知らなかったし、それで実生活に何の支障もなかった。壮大で複雑な法体系は、鹿鳴館のように日本も一人前の近代国家であることを示して不平等条約を改正するための飾りだったのだ。
これに対して中国にはコモンローがまったく育たず、儒家の徳治主義と法家の法治主義しかなかった。現在の政権にはどちらもなく、共産主義という誰も信じていない徳目と、共産党幹部には適用されない法律があるだけだ。中国の民衆は数千年にわたって国家を信じていないので、彼らをつなぎとめている経済成長が止まっとき、この巨大な失敗国家がどうなるかは大きなリスクである。
ケルゼンの実定法主義は自然法を否定し、法をその形式的な整合性だけで論じた。これは数学におけるヒルベルトの公理主義や言語学におけるソシュールの構造主義と同じで、法が正しいかどうかはその手続きの正当性と条文の無矛盾性のみで決まる。逆にいうと立法府が正当な手続きを踏んで制定した法は、ヒトラー政権の法であっても正しい。
このような実定法主義を、ハイエクは『法と立法と自由』で激しく批判した。ケルゼンの実定法主義は論理的には社会主義であり、立法府にはすべてが許されるという国家万能の思想だ。制定法(legislation)の論理整合性などは大した問題ではなく、それが人々の慣習の中で長い時間かけて育ってきた法(law)にもとづいているかどうかが問題なのだ。
これはShleiferなども実証したように、経済学的にはおおむね正しい。大陸法型の実定法中心の国は大きな政府になり、裁量的な規制が多く、腐敗もひどい。ケルゼンの学説がもっとも広く普及したのが旧社会主義国だった。
しかしその例外は日本である。日本の法律は、Shleiferの類型でいえば社会主義型に近い極端な実定法主義なのに、戦後は驚異的な経済成長を実現した。それは日常生活ではコモンローでやっているからだ。みんな法律なんか知らないし関心もないから、東京都知事が原発を止めるなどという荒唐無稽な話が選挙で語られる。
川島武宜も指摘したように、明治期につくられた法律を人々は知らなかったし、それで実生活に何の支障もなかった。壮大で複雑な法体系は、鹿鳴館のように日本も一人前の近代国家であることを示して不平等条約を改正するための飾りだったのだ。
これに対して中国にはコモンローがまったく育たず、儒家の徳治主義と法家の法治主義しかなかった。現在の政権にはどちらもなく、共産主義という誰も信じていない徳目と、共産党幹部には適用されない法律があるだけだ。中国の民衆は数千年にわたって国家を信じていないので、彼らをつなぎとめている経済成長が止まっとき、この巨大な失敗国家がどうなるかは大きなリスクである。