ネットでちょっと「みんなの党」が話題になっている。私はみんなの党の結党のころは応援していたし、勉強会に呼ばれたこともある。そのとき渡辺代表に言ったのは、次の3点だった。
  • 党のコンセプトがはっきりしない。日本には小さな政府をめざす党がないので、それを掲げてはどうか。
  • (渡辺氏が自民を離党するきっかけになった)公務員改革はいいが、それだけが看板ではもたない。具体的な経済政策を出したほうがいい。
  • しかしリフレはやめたほうがいい。経済学を理解してない人がいい加減な政策を掲げると破綻する。特に高橋洋一には気をつけろ。
このあと、みんなの党が「小さな政府」を掲げたのはいいが、それを具体化する方針がないまま、日銀法改正などの過激なリフレ政策を打ち出した。量的緩和は、アメリカでは民主党が推進して共和党の反対する「大きな政府」の政策である。このへんから方針が混乱し、桜内文城氏などがそれを批判して離党した。

原発事故後は反原発を打ち出し、消費増税のときは増税反対を打ち出して、ほとんど社民党と変わらないポピュリストの党になってしまった。また渡辺氏の党運営が独善的(結党以来4年間、一度も党首選をしていない)で、それを批判する党員を彼が次々に除名しているうちに、とうとう4割が離党してしまった。

今こそ小さな政府が必要だ

みんなの党がこうなった原因は、二つあると思う。一つは渡辺氏の個人商店体質が抜けない割に彼に求心力がないこと、もう一つは高橋洋一氏の影響が強く、渡辺氏が自分で考えないでそれに振り回されたことだ。国会議員でもない「ブレーン」が、機関決定も経ないで党の方針をすべて決めるのは異常である。秘密保護法をめぐる対応の混乱も、高橋氏が賛成したのが原因だろう。

もともとみんなの党は、渡辺氏みずからいうように「長く続ける気のない党」で、政界再編の触媒になることが目的だった。しかし彼には集票力も資金力もないので、自民党や民主党からみんなの党に移るほどの魅力がない。一時の維新のほうがましだった(今はだめだが)。

小さな政府という理念は、1980年代にサッチャーやレーガンが打ち出し、財政赤字を削減してインフレを克服した。それが90年代以降も英米で受け継がれ、日本でも小沢一郎氏はその路線を受け継ぐ予定だったが、自民党を離党するはめになり、社会党と一緒になった細川内閣は空中分解してしまった。

小泉内閣はそのコンセプトを受け継いだが、実際にやった仕事は不良債権の清算ぐらいで、郵政民営化にはほとんど意味がなかった。彼の小さな政府路線は、その後の政権には受け継がれず、自民党は大きな政府に回帰してしまった。

その一つの原因は、90年代末以降のゼロ金利だったと思う。かつて長期金利が8~10%だったころは、大蔵省も自民党も財政赤字を恐れたが、小渕内閣が不良債権処理で膨大な国債を発行しても、金利はゼロのままだった。

その後も政府債務は増え、「このままでは財政は破綻する」と警告する人が多かったが、金利はゼロのままだった。これを逆用して「輪転機ぐるぐる」のリフレで景気を拡大しようとしたのが第2次安倍内閣だった。

リフレには効果がなかったが、財政破綻を恐れる必要はないという空気が広がり、小さな政府のモチベーションだった増税や財政破綻への恐怖がなくなった。みんなの党もリフレになり、小さな政府はいわなくなった。

しかし社会保険料が賃金の30%を超えた今、改めて小さな政府が求められているのではないか。その理由は財政破綻ではなく、現役世代のサラリーマンへの負担の集中による世代間格差であり、必要なのは減税ではなく、年金や医療への過大な支出の削減である。