政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで
原著については何度も論じ、アゴラ読書塾のテキストにも使った。これから政治や国家を論じるとき、本書を読まずに議論はできないだろう。

本書の重要なメッセージは、戦争が国家をつくるということである。中国で500年以上にわたって続いた戦争の末に、紀元前3世紀にできた最初の中央集権国家は、内戦を抑止する専制国家だった。この伝統は中国共産党に至るまで変わらない。権力を国家に集中するため、皇帝は地方豪族などの中間集団を徹底的に破壊したので、下からの改革は不可能に近い。
他方、中国から2000年近く遅れて成立したヨーロッパの主権国家は、中国のように絶対的な権力を確立できず、国境という名の休戦ラインをめぐって戦争が続いた。平和維持の手段としてはヨーロッパの国家は中国に劣っていたが、戦争による制度間競争と新大陸の発見で中国を逆転した。

このような競争の中で、デモクラシーはほとんど何の役割も果たしていない。フクヤマも言うように、それは国家権力をチェックしてアカウンタビリティを確保するしくみの一つにすぎず、フランス革命もピューリタン革命もアメリカ独立革命も、デモクラシーによって起こったものではない。それは納税者(当時の特権階級)と国家の徴税権をめぐる争いだった。

フクヤマも近代国家の本質はデモクラシーではなく、法の支配にあるという。官僚が法律にないネット販売規制を省令で行なうことも、法的な停止命令が出ていないのに原発を止めることも、近代国家のルール違反である。このような国家の裁量を排除する戦いに多くの血が流されたが、そういう経験のない日本人には法の支配の重要性がわからない。そのコストは、かつての戦争のような犠牲ではなく、経済がゆるやかに衰退する「見えない税金」の形で払うことになろう。