参政党の登場で欧米メディアは「日本にも極右政党が出てきた」とか「ヒトラーの再来だ」などと論評しているが、ナチズムとの共通点はそれほど多くない。ただバカにしているとヒトラーのように増長するので、ワイマール共和国の歴史を知っておくことは無駄ではない。
当時「理想の憲法」といわれたワイマール憲法には、かなり深刻な欠陥があった。第一の欠陥は、ワイマール憲法が1918年のドイツ革命によって生まれた右派(帝政派)と左派(社民)の妥協の産物だったことである。
その制定の中心になって初期の政権をになったのは、「ワイマール連合」と呼ばれた社民党・中央党・民主党の三党だった。中でも最大勢力は社民党だったが、社会主義に重点を置く左派は独立社民党として分派を形成し、民主主義に重点を置く右派との対立が続いた。
ワイマール憲法は帝政を廃止して共和制にし、主権在民の原則のもとで比例代表制による議院内閣制と大統領制を併用するものだったが、右派は共和制を廃止して帝政を復活しようとする一方、左派は「ワイマール憲法には社会主義の規定が足りない」として企業の国有化を求めた。どちらもワイマール体制の打倒を求めており、憲法を本気で守ろうという勢力は少なかった。
続きは7月28日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)
当時「理想の憲法」といわれたワイマール憲法には、かなり深刻な欠陥があった。第一の欠陥は、ワイマール憲法が1918年のドイツ革命によって生まれた右派(帝政派)と左派(社民)の妥協の産物だったことである。
その制定の中心になって初期の政権をになったのは、「ワイマール連合」と呼ばれた社民党・中央党・民主党の三党だった。中でも最大勢力は社民党だったが、社会主義に重点を置く左派は独立社民党として分派を形成し、民主主義に重点を置く右派との対立が続いた。
ワイマール憲法は帝政を廃止して共和制にし、主権在民の原則のもとで比例代表制による議院内閣制と大統領制を併用するものだったが、右派は共和制を廃止して帝政を復活しようとする一方、左派は「ワイマール憲法には社会主義の規定が足りない」として企業の国有化を求めた。どちらもワイマール体制の打倒を求めており、憲法を本気で守ろうという勢力は少なかった。
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