アゴラにも書いたことだが、経済学者の中にも「事故が起きたら会社がつぶれるようなプラントは動かすべきでない」という人がいるので、初歩的なことだがきちんと説明しておこう。大事なことは、原発事故は確率的な事象であり、目の前の出来事の大きさに惑わされてはいけないということだ。
原発事故の賠償は、国が無限責任を負うのが世界的な常識だが、これは一部の人がいうように「民間で負えない大きなリスク」だからではない。地震保険と同じく一度に払う額(確率変数)が大きいだけで、発生確率はきわめて低いので、リスク(損害の期待値)は火力とそう変わらず、国が上限を保証すれば民間で処理できる。したがって普通の原発には民間の保険がかかっている。

しかし先週のニューズウィークにも書いたことだが、日本では原賠法の立法のとき、国が無限責任を負うような負わないような曖昧な規定にしたため、福島事故では民主党政権が逃げ、東電に全責任を負わせる処理スキームをつくってしまった。だが東電が全額賠償できないことは明らかで、昨年、国(支援機構)が東電に1兆円出資して実質的に国有化した。

また政府がICRPの「参考レベル」を誤って適用し、1mSv/年まで汚染を減らすという基準を打ち出したため、広大な地域の除染が必要になった。さらに「風評被害」を賠償するかどうかについても曖昧にし、野菜の基準を100ベクレル/kgにするなど過剰な基準を設けたため、実際には健康に影響のない農産物が大量に破棄され、賠償額がふくらんだ。

このように福島では一人の放射線障害も出ていないのに莫大な賠償が必要になったのは、民主党政権がマスコミにあおられ、科学的な基準を無視して極端に大きな負担を東電に求めたためだ。ICRPの緊急時被曝の基準である100mSv/年を基準に考えれば、賠償額は1兆円にもならない。この程度の事故が100年に1度、起こるとしても、リスク(期待値)は100億円/年で、1基あたり2億円。ほぼ無視できるコストである。

ところが国が責任を東電に丸投げしたため無政府状態になり、各地でバラバラに損害賠償訴訟や除染が行なわれて収拾がつかなくなった。汚染水問題も、今のままでは同じような展開になるおそれが強い。現在の東電を国が「支援」するという無責任体制を改め、国が原子力損害賠償機構をつくって全責任を負い、放射線防護基準も見直すべきだ。

このとき最大のハードルは、東電を破綻処理して、存続会社と(賠償機構を支援する)受け皿会社に分離することだ。これは(私を含めて)多くの専門家が提言してきたことだが、経産省が反対したため実現しなかった。しかし支援機構の枠組は「1年後に見直す」ということになっているので、安倍首相が東電の破綻処理を決断すべきだ。

それと同時に、事故処理のコストを東電の利益から出すためにも、柏崎刈羽原発の再稼働を急ぐべきだ。これは原子力規制委員会の安全審査とは無関係であり、新潟県知事には何の許認可権もない。安倍政権がこの問題からいつまでも逃げていると、数十兆円のコストが納税者に回ってきて、成長戦略なんか吹っ飛んでしまうだろう。