クルーグマンが、珍しくカレツキ(ポーランドのマルクス経済学者)について書いている。最近ますます過激な「左派ケインジアン」になってきた彼が、マルクスに行き着くのは不思議ではない。カレツキはケインズより前に『一般理論』とほぼ同じ理論を発表していたが、ポーランド語で書いたので、それが発見されたのはケインズの後だった。
カレツキの理論は数学的に整理して書かれているので、ケインズよりずっとわかりやすく、新古典派との違いが明確だ。彼は現代の社会では、需要と供給の調整は価格ではなく数量調整で行なわれると考える。

不況になって需要が不足した場合、価格が下がるのではなく生産が縮小され、労働者が解雇される。このときも賃金の引き下げによる雇用調整は起こらず失業が続くため、政府が需要を追加する財政政策によって雇用を創出する必要がある、という有効需要の理論が、固定価格経済という想定を明確にすると、きわめて明快に導かれる。

彼の理論は、同じくポーランド出身のローザ・ルクセンブルクの影響を受けている。彼女の『資本蓄積論』は、マルクスの再生産表式(固定価格モデル)を使って、資本蓄積が過剰になると過少消費が起こり、帝国主義戦争が起こると論じた。カレツキの理論は、それを新古典的なモデルに書き直したものだ。

だからクルーグマンなどの左派ケインジアンが固定価格経済を想定するのは当然だが、それはカレツキも認めるように短期の理論でしかありえない。価格調整の行なわれる長期については、彼もケインズも満足なマクロ理論を構築できなかった。今はRBCやDSGEがあるが、これもクルーグマンが激しく攻撃するように、実証的には長期予測に役立たない。

どうせわからない「長期」の問題は無視して、今できる需要創出を政府がやるべきだ、というクルーグマンの主張は、カレツキのマルクス的改良主義に近い。しかし歴史が証明したように、政府はマルクスが予想したほど賢明でも公正でもなかったのである。