朝鮮人強制連行 (岩波新書)慰安婦について「強制連行」という言葉を使うのは、誤解のもとだ。強制連行という言葉は、朴慶植『朝鮮人強制連行の記録』(1965)で初めて使われた造語で、公式の用語ではない。戦時に政府が労働者を動員する方法は募集徴用であり、後者は拒否すると罰則があったので、これを強制連行と呼んだものと思われるが、これは朝鮮人に限った話ではない。

戦時中は、国家総動員法にもとづいて国民徴用令が出され、616万人が軍需工場などに徴用されたが、1959年に厚生省が確認した朝鮮人は(国内に残っていた61万人のうち)わずか245人だった。これは戦時労務動員計画で「半島人の徴用は避けること」という方針が出され、官斡旋による募集という形式がとられたことによる。これは朝鮮人ブローカーが募集して国内の炭鉱などに連れて行くのだが、その募集や輸送は政府が管理していた。

ただ募集は誇大広告が多く、特に炭鉱では労働条件が悪いために脱走する労働者が絶えなかった。秋田県の花岡鉱山では800人の中国人労働者が暴動を起こして400人以上が殺された。この花岡事件については被害者が損害賠償訴訟を起こし、2000年に和解が成立して鹿島が5億円を支払った。

ここでも被告は、国ではなく鹿島だったことが重要である。その労働実態は「強制労働」といってよい劣悪なものだったが、それを強制していたのは民間業者だから、国は謝罪も賠償もしていない。また中国は戦争の敵国だったが、朝鮮人は日本人だったので、労働実態はそれほど悪くなかった。

本書は「朝鮮人強制連行」を糾弾する岩波書店の本だが、版元の意図に反して、その実態はたった245人(それも強制ではない)だったことを研究者が実証している。ただ官斡旋は事実上の国による動員ともいえるので、それを含めると終戦の段階で動員された朝鮮人は32万人以上だ。

しかしこの中に女性はいない。これは女子は徴用の対象としないという方針が決まっていたためだ。もちろん「慰安婦」という要員は、戦時労務動員計画の中にはない。したがってその総数も推定するしかないが、秦郁彦氏によれば2~3万人で、ほとんどが募集だろうという。

橋下徹氏は「強制連行でなくても慰安婦はよくないので謝罪する」というが、なぜ謝罪の対象を女性に限定するのか。強制労働の実態は、男性のほうがはるかに大量で苛酷だった。韓国側がそれを知りながら問題にしないのは、慰安婦が性的好奇心にアピールし、女性の人権問題にすりかえやすいからだ。

悲惨なのは慰安婦や強制連行ではなく、戦争なのだ。橋下氏が慰安婦に謝罪するなら、太平洋戦争による軍民300万人の犠牲者すべてに謝罪しなければならない。この機会にそれを思い出すことも悪くないが、もう無意味な「謝罪ごっこ」はやめ、冷静に史実の検証をしてはどうだろうか。