God's Philosophers: How the Medieval World Laid the Foundations of Modern Science最近の宇宙論が示唆するように、現在の物理学が全宇宙に適用できないローカルな法則だと考えると、謎はなくなる(解決はしないが)。むしろこの広い宇宙で万有引力が同一だという信仰のほうが普通ではないし、証明もできない。この信仰は、どこから生まれたのだろうか?

通説では、この信仰は西洋の「科学革命」で生まれたとされているが、本書は中世の自然哲学を検証してこれを反証する。天動説や地球が平板だという説はカトリック教会の教義ではなく、アリストテレスやプトレマイオスなどのギリシャ自然哲学の教えだった。それがトマス・アクイナスによってキリスト教に取り入れられただけで、教会が公式に天動説を定めたわけではない。

むしろオッカムなど後期のスコラ哲学者は、「神の力は絶対であり、その意志を拘束する法則などありえない」という立場から、アリストテレスの自然哲学を神より上位に置くトマス以来のスコラ哲学を批判した。この立場から考えると、世界は神の自由意志によって動いているのであり、その意志を人間は知ることができない。ただ経験によって推測できるだけである。

このような「オッカムの剃刀」によってアリストテレスの自然哲学という「不純物」がキリスト教から除かれると、哲学者は自由に法則=神の意志を推測できるようになった。それを検証する手段としての経験を組織化したのが実験や観測である。ガリレオが異端審問で投獄されたというのも間違いで、教皇はすぐ彼を恩赦で帰宅させ、彼の本も自由に流通させた。

要するにコペルニクスやガリレオが否定したのはアリストテレスの自然哲学であり、キリスト教のコアとは無関係だったので、教会にとっては大した問題ではなかったのだ。だから彼らの後継者も自由に研究できたし、実験や観測も盛んに行なわれた。ただ、それは大学(神学校)の中の知的遊戯で、それが産業に利用されるためには、法則として体系化される必要があった。

科学を数学的な法則として樹立したのは、理神論を強く信仰していたニュートンだった。かれは『プリンキピア』の序文で「本書の目的は神が天地創造された意図をさぐることである」と明言し、自然はギリシャ自然哲学のいうような多神教的な混乱した秩序ではなく、神の創造した例外のない唯一の秩序に従っていることを証明した。

つまり近代科学はカトリック教会に反抗して生まれた「革命」ではなく、むしろキリスト教に混じっていた異教的な要素を取り除き、神学的に純化した結果なのだ。したがって産業革命という「革命」がなかったように、科学革命という「革命」もなかった、というのが本書の結論である。現代の宇宙論が、スコラ神学に似てくるのも偶然ではない。