超金融緩和のジレンマ安倍首相は日銀の新体制に「今までと次元の違う金融政策」を期待したようだが、黒田総裁のいう長期国債の購入も岩田副総裁のいう準備預金の積み増しも、今まで日銀がやってきたことであり、4月の金融政策決定会合でも市場を驚かすような政策が出てくるとは思えない。本書は過去の日銀の非伝統的金融政策の効果を実証データで総括したものだ。

最大の問題は「日本のデフレは貨幣的現象か」という点だが、著者の答は「最大の原因は賃下げや交易条件の悪化などの実物的現象だ」ということである。特に製造業の業績悪化で生じた余剰労働力がサービス業に移り、その大部分が非正規雇用に切り替えられたため、サービス業の平均賃金(特に医療・福祉)が2000年代で2割近く下がった。これに引っ張られて、製造業も含めて単純労働全体の賃金が下がる生産性格差デフレが起こっている。

もう一つの原因は、輸出産業の国際競争力がなくなったことだ。スマートフォンのような付加価値の高い市場で負け続け、コモディタイズした半導体や液晶を赤字輸出したため、半導体・電子部品の交易条件はこの10年で40%も悪化した。つまり輸出品価格が輸入品に対して4割も下がったわけで、これは為替レートとは別問題である。「日銀がエルピーダをつぶした」などという老経済学者は、IT産業の激烈な国際競争を知らないのだ。

だから日銀にできることは少ない。2%のインフレ目標が実現することも考えられないが、本当に(海外要因などで)起こったら大変だ。著者もいうように「CPI上昇率2%という目標と、現在のように1%以下の長期金利の水準は、もともと整合性がとれていない。CPIが0%近傍にあるから長期金利は1%以下の水準にある」ので、物価が上がると、それなりに安定している金融市場が大混乱に陥る。

2%のインフレになると時間軸政策が終了するので、日銀は金利を上げる。もちろんいきなり2%も上昇しないだろうが、長期的には国債費が20兆円ぐらい上昇する。これは消費税を10%上げないとファイナンスできない。国家財政は危機的な事態に陥り、資産の2割以上を国債が占める地方銀行は大きな評価損を抱えて自己資本が毀損し、取り付けが起こる可能性もある。

黒田氏は「出口戦略については心配していない」と豪語したが、彼も岩田氏も金融政策の実務を知らない素人である。ここまで大きな潜在的リスクを抱えた日銀がソフトランディングできるかどうかは楽観できない。