きのうアゴラチャンネルで常見陽平さんと話したことを少し学問的に説明しておこう(テクニカル)。
現在のデフレと呼ばれる現象の最大の原因は、アゴラにも書いたように、新興国との競争やIT技術革新による価格低下である。同じような条件に置かれた欧米諸国ではデフレになっていないのに日本でデフレが続いているのは、こうした変化に対する調整メカニズムの違いが原因だ。

ケインズ理論では総需要が不足したときに失業が発生すると考えるが、このような需給ギャップは価格メカニズム(賃下げ)で埋められるはずだ。長期にわたって高い失業率が続くのは総需要が不足しているためではなく、価格調整が進まないために超過需要の企業と需要不足の企業が残るミスマッチだ、とハイエクはケインズを批判した。

どちらの要因が大きいかは先験的にはわからないが、統計的にそれを検証する方法がある。次の図は労働経済学でUV分析と呼ばれるもので、失業率(U)を縦軸に、欠員率(V)を横軸にとったものだ。問題が総需要だけで企業ごとの差がないとすると、需要不足で失業率が高いときは欠員(超過需要)はなく、需要超過で欠員があるときは失業はないはずだから、横軸と縦軸にそって動くはずだ。

キャプチャ

しかし現実には労働人口の移動はむずかしいので、欠員と失業が併存する。上の図は日本の実証研究によるもので、高度成長期にはほぼ横軸(完全雇用)にそって動いていたが、バブル崩壊後に上方にシフトし、1998年の信用不安のあと、大きく上方に移動した。このシフト要因が、ゾンビ企業の延命によるミスマッチである。

このような雇用のミスマッチで構造的失業(自然失業率)を説明したのが、部門間シフト(sectoral shift)理論である。構造的失業の原因は総需要の不足ではなく、ハイエクのいうように労働配分のゆがみだから、政府が需要を追加しても無駄である。もちろん日銀が通貨供給を増やしても何も起こらない。内閣府のGDPギャップは、余剰人員だけカウントして欠員をカウントしていないので、過大に出てしまうのだ。

ミスマッチを解消する方法は二つある:一つは数量調整である。賃金に下方硬直性がある場合は、労働者を解雇するしかないので失業率が上がる。この労働者は欠員のある(低賃金の)企業に移って、所得格差が拡大する。また賃上げ分を価格に転嫁するのでインフレが続く。

もう一つは価格調整である。労働力が余っている企業では賃金が労働生産性を上回っているので、労使交渉で賃上げを抑制し、非正社員を増やして賃金を下げる。これだと失業は起こらないが、中高年の余剰人員をたくさん抱えるので労働生産性はさらに低下する。これが日本で起こっている生産性格差デフレである。

この二つの調整メカニズムは、どっちがよいともいえない。数量調整は失業率を高めて社会的コストは大きいが、労働者が高賃金の衰退産業から低賃金の成長産業に移動するので、成長率は高まる。価格調整は社会的コストは小さいが、ゾンビ企業が余剰人員を抱え続けるので、低成長とデフレが続く。

後者のメカニズムは「従業員共同体」の中で痛みを分かち合う日本型デモクラシーに根ざしており、それなりに合理的だ。賃下げによって失業率も低いが、インサイダーとアウトサイダーの格差が拡大する。常見さんとも話したように、これは「解雇規制の緩和」で解決する問題ではなく、日本人の働き方をどう変えるかという問題なのだ。