アゴラで紹介した星=カシャップの「ゾンビ理論」には批判もあるが、日本経済のメタファーとしてはおもしろいので、これをタレブのアンチフラジャイル理論で考えてみた。

タレブが日本からヒントを得たことでもわかるように、安倍政権に代表される厄介な問題の先送りは、日本の政治と経済に共通の特徴である。欧米の金融危機の後処理の失敗も同じ原因で起きているので、日本独特というわけではないが、それが20年以上の長期にわたるのは特異である。

それをタレブはオプション性という概念で説明する。これは金融のコール・オプションのように、小さな失敗のコストを負担する代わりに大きな成功の利益を得るしくみだ。ここでは変化が大きくなればなるほど利益も大きくなるので、そこから利益を得るイノベーションが重要になる。

キャプチャたとえばスティーブ・ジョブズのプロジェクトは、ハードウェアとソフトウェアが切り離されてモジュール化されているので、自分のつくりたいものをつくって失敗とわかるとすぐ撤退し、うまく行ったプロジェクトに資金を集中する。これによって図の上のようにペイオフは凸関数になる。これがイノベーションを生むしくみだ。

これに対して日本の企業のようにすべてのプロジェクトが相互補完的に組み合わさっていると、図の下のように凹関数になり、小さな利益を上げる代わりに大きな損失を抱えてしまう。プロジェクトは互いに密結合しているので、一部をやめることができず、その損失を他の利益で補填することで全体の効率が低下し、90年代の日本企業や2000年代の金融商品のように雪ダルマ式に損失がふくらむのだ。ここでも先送りはオプション価値を増やすのだが、それは破滅を拡大する逆オプション価値である。

このような非線形性は社会現象の本質的な特徴なので、それを線形の均衡理論で近似しようとするマクロ経済学の予想はつねにはずれる。競争に勝つのはオプション性を利用するイノベーターであり、負けるのは「もしかすると地価が戻るのではないか」というオプションに賭けてゾンビ企業に追い貸しする銀行である。

「モジュール化がオプション価値を生み出す」という話はBaldwin-Clarkのコンセプトで、拙著『ムーアの法則が世界を変える』でも紹介した。藤本隆宏氏などはこれを「組み合わせ」と矮小化して日本企業の「すり合わせ」と対照しているが、それは大きな間違いである。系列企業が「一家」になった日本企業は凹関数の逆オプション価値を拡大し、本質的なイノベーションを抑止しているのだ。

日本では企業も政治も互いに密結合しているので、逆オプション価値は極大化する。かつては政権交代すれば日本経済は回復する(かもしれない)というオプションが先送りの言い訳だったが、今度は日銀が輪転機をぐるぐる回せば回復する(かもしれない)という幻想に置き換わった。タレブも指摘するように、組織が複雑化するほど「一発逆転」に賭けて先送りする傾向が強まり、負けが込むほど賭け金が大きくなる。

ねばった結果、奇蹟が起こって回復する可能性も論理的にはあるが、普通は最後にちょっとした偶然ですべてが崩壊する。そのきっかけが何かは予想できないが、起こることは確実なので、ブラック・スワンは「想定外」の出来事ではない。アベノミクスは、破滅の賭け金を一段と大きくした笑劇として、歴史に記憶されるだろう。