Woodfordのジャクソンホール論文は、ゼロ金利のもとで何が理論的に起こりうるか、そして実際に何が起こったかを精密に検証しており、ゼロ金利のもとでの金融政策についての学問的な結論と考えてもいいだろう。といっても100ページ近くあるので、日本に関連する部分だけを簡単に紹介する。くわしく知りたい人は、上のリンク先のPDFファイルを読んでください(非常にテクニカル)。

彼はまずインフレ目標について検討し、インフレ率そのものには意味がないとして、名目GDP目標を提案する。
Under this proposal, the FOMC would pledge to maintain the funds rate target at its lower bound as long as nominal GDP remains below a deterministic target path, representing the path that the FOMC would have kept it on (or near) if the interest-rate lower bound had not constrained policy since late 2008.
これはFRBが特定のNGDPを実現することにコミットするのではなく(そんなことは不可能)、何らかの理由で経済が特定のNGDPを下回る限りゼロ金利を続けるという目標である。それはフリードマンの「k%ルール」のように、中央銀行の裁量を制限する受動的ルールなのだ。

量的緩和については、短期証券だけを買う狭義の量的緩和と長期国債やリスク資産を買う大規模資産購入(LSAP)を区別し、前者についてはまったく効果がないと断定している。ここまではリフレ派も認める通説だが、驚くのは後者の効果も否定していることだ。

woodford

通常は、長期債にはいくらか金利がついているので、中央銀行がそれを買えば長期金利が下がると想定されているが、上の図のようにFRBの行なったLSAP(通称QE)によって長期金利はむしろ上がっている。これについてのWoodfordの説明は難解なので、原文のまま引用しよう。
In the representative-household theory, the market price of any asset should be determined by the present value of the random returns to which it is a claim, where the present value is calculated using an asset pricing kernel (stochastic discount factor) derived from the representative household’s marginal utility of income in different future states of the world.
無限の将来にわたるすべての企業収益を知っている代表的家計の観点からみると、中央銀行が特定の債券を買うかどうかはその価格には影響しない。債券価格は代表的家計の金銭的な限界効用で決まるので、債券市場が効率的で彼の効用関数が中央銀行の影響を受けない限り、債券価格が中央銀行の介入で変わる理由はないのだ。したがって中央銀行の資産購入は、民間需要をクラウディングアウトしてしまう。
If the central bank buys more of asset x by selling shares of asset y, private investors should wish purchase more of asset y and divest themselves of asset x, by exactly the amounts that undo the effects of the central bank’s trades. [...] Summing over all households, the private sector chooses trades that in aggregate precisely cancel the central bank’s trade.
これはModigliani-Miller定理と同様のロジックだが、もちろん現実の市場は効率的ではなく、代表的家計も存在しないので、M-M定理が成立しないのと同様、このような「中央銀行の中立性」仮説が現実に妥当する必然性はない。しかしここ5年の債券市場の動きは、市場は政府の行動を織り込んで裏をかくという広義の効率的市場仮説を支持しているようにみえる。

こうした慎重な検討の結果、彼はゼロ金利では狭義の量的緩和も大規模資産購入も有効ではないと結論する。中央銀行がインフレを起こすことは不可能なのだから、当然「インフレ予想」を起こすこともできない(もちろん為替レートを変えることもできない)。その上で彼は、次のように提言する。
A more logical policy would rely on a combination of commitment to a clear target criterion to guide future decisions about interest-rate policy with immediate policy actions that should stimulate spending immediately without relying too much on expectational channels.
要するに金融政策によって景気回復やインフレを起こすことは不可能であり、それは財政支出と一緒に行なわない限り効果がないというのだ。そういう政策が必要以上の景気変動を引き起こさないようにNGDP基準で制限するのが金融政策の役割である。

この結論に、私は全面的に賛成だ。日銀は(内閣と協議して)以上のように厳密に定義された受動的NGDP目標を設定すべきである。それを達成することは内閣の責任であり、日銀の責任はそれが実現するまで金融を引き締めないことだけだから、日銀法の改正は必要ない。