武田邦彦氏のでたらめな話は、最近はまともな人には相手にされていないので放置していたが、8月9日の記事は見過ごせないので、コメントしておこう。彼は「エネルギー問題に発言する会」に対する質問で、次のように述べている:
1) 事故が起こらない場合の「公衆の人工的原因による被曝限度で医療を除くもの」は1年1ミリを限度としていること
これは誤りである。ICRP111号勧告にはこう書かれている:
年間100mSv以下の被曝で癌が増えたケースはなく、数百mSvの自然放射線を浴びる地域でも発癌率に変化はない(むしろ減っている)。遺伝子工学の実験によれば、年間1050mSv被曝しても何も起こらないが、ラジウムをなめて内部被曝した時計職人の調査では年間1300mSv以上で骨肉腫が発症している。
したがってICRPの1mSvという基準は過剰規制だという批判に対応して、ICRPは線量限度という言葉をやめ、実質的に規制を20mSvに緩和したのだ。ここで被曝線量を「最小化」するのではなく「最適化」すると書かれていることに注意が必要である。現存被曝状況では、
帰宅や除染の基準は、少なくともICRPの勧告している「1~20mSvの下方部分」から選ぶべきだ。長期的には、過剰規制の見直しをICRPに提言することが望ましい。疫学的・実験的なデータから見ると、年間100mSvに引き上げても十分な安全率がある、というのが多くの専門家の意見であり、事故の経験を今後に生かすことは世界に対する日本政府の責任である。
(24) 汚染地域内で生活し働くことは、現存被曝状況と考えられる。このような状況に対して、基本的な防護原則には、実行される防護戦略の正当化とその戦略によって達成される防護の最適化が含まれる。参考レベルは、推定される残存線量がそのレベルより低くなるような防護戦略を計画するために最適化プロセスの中で用いられる。現存被曝状況は前もって管理することができないので線量限度は適用されない。(p.11)非常にわかりにくいが、「現存被曝状況」というのは原発事故のあと時間がたって被災地に放射能が残っている現在の福島のような状況で、参考レベルは「1~20mSvの範囲の下方部分から選択すべきだ」とICRPは勧告している(p.17)。111号勧告では、従来の線量限度という言葉が「それ以上は被曝してはならない」と解釈されることを避けるため、参考レベルという言葉に変更したのだ。
年間100mSv以下の被曝で癌が増えたケースはなく、数百mSvの自然放射線を浴びる地域でも発癌率に変化はない(むしろ減っている)。遺伝子工学の実験によれば、年間1050mSv被曝しても何も起こらないが、ラジウムをなめて内部被曝した時計職人の調査では年間1300mSv以上で骨肉腫が発症している。
したがってICRPの1mSvという基準は過剰規制だという批判に対応して、ICRPは線量限度という言葉をやめ、実質的に規制を20mSvに緩和したのだ。ここで被曝線量を「最小化」するのではなく「最適化」すると書かれていることに注意が必要である。現存被曝状況では、
住民のほとんどは非汚染地域に(自発的であってもなくても)移住させられるよりも一般に自分の住居に留まる方を好んでいる。その結果、汚染レベルが持続可能な人間活動を妨げるほど高くない場合、当局は人々に汚染地域を放棄させるのではなく、むしろ汚染地域での生活を継続するために必要な防護措置をとろうとするであろう。つまり低線量被曝のリスクは非常に小さいので、日常生活に復帰することによるメリットとのトレードオフの中で最適なレベルに基準を設定すべきだと勧告しているのだ。したがって基準が地域ごとに違うのも当然で、福島で1mSvを守る必要はない。日本政府の「1mSv以下に除染するまで帰宅させない」という方針は、16万人もの被災者の帰宅をさまたげ、彼らに過大なコストを負担させる一方、健康被害を減らすメリットはまったくない。
帰宅や除染の基準は、少なくともICRPの勧告している「1~20mSvの下方部分」から選ぶべきだ。長期的には、過剰規制の見直しをICRPに提言することが望ましい。疫学的・実験的なデータから見ると、年間100mSvに引き上げても十分な安全率がある、というのが多くの専門家の意見であり、事故の経験を今後に生かすことは世界に対する日本政府の責任である。