バズビーとかECRRなどのデマ情報ではなく、初めて査読つきの学会誌に福島第一原発事故の被害のシミュレーションが発表された。こういう科学的なデータにもとづいて論争が行なわれることは望ましいが、この論文の内容には疑問が多い(テクニカル)。


この論文は簡単にいうと、図のように福島第一原発からのセシウム137などの拡散をコンピュータで3Dシミュレーションし、その被害を予測したものだ。放射性物質の拡散についての予測は、これまでにも出ていたものとそう違わないが、問題は被害予測である。

この論文ではLNT仮説が正しいと仮定し、これにもとづいて集団線量を計算している。これだと放射性物質の拡散した地域で4000人が1mSvずつ被曝した場合も1人が4Sv被曝したのと同じなので、死亡率は50%ということになるが、このような計算は間違っている。LNT仮説は個人の被曝線量についての仮説であって、その影響は個人間で集計できないからである。ICRPは次のように警告している:
集団実効線量は最適化のための,つまり主に職業被ばくとの関連での,放射線技術と防護手法との比較のための1つの手段である。集団実効線量は疫学的リスク評価の手段として意図されておらず,これをリスク予測に使用することは不適切である。
ところがこの論文は、こうした医学的な問題にはほとんどふれないで、LNT仮説と集団線量を疫学的リスク評価に使っている。この結果、死者を130人程度と予測しているが、福島の1人あたりの累積被曝線量は97%が5mSv未満であり、このような線量で癌死亡率が上がったケースは今まで世界に1例もない。

Mark Lynasによれば、著者のJacobsonは有名な反核活動家であり、このシミュレーションも多くの死者を出すためにICRPの禁じている計算方法を使った疑いが強い。Forbesも同様の批判をしており、かりに彼らの130人という数字を認めるとしても、これは今までの避難による死者573人よりはるかに少ない。

「原発事故で死者は出ていない」というと「避難所で死者が出ている」という馬鹿なコメントが来るが、このような2次災害は政府の過剰な避難勧告が引き起こした人災であり、被災者を帰宅させれば防ぐことができる。政府は被害予測を見直し、計画的避難区域を縮小して被災者の帰宅を促進すべきだ。

追記:ScienceInsiderによれば、早野龍五氏も同様に計算手法に疑問を呈している。またBurton Richterは「この計算は原発事故の被害の上限値だが、それによって失われる余命は30年/TWhで、石炭火力の138年に比べて原子力のリスクは小さい」とコメントしている。