さっさと不況を終わらせろ本書はクルーグマンのブログをまとめて気持ち悪い日本語に訳しただけで、新しい論点はないが、こうして整理すると彼の考えがよくわかる。日本ではいまだに彼をリフレの元祖として崇拝する向きもあるが、本書では金融政策にほとんど言及していない。彼が不況を終わらせる政策として主張するのは、超大型の財政出動である。

もちろん彼は「200兆円のバラマキ公共事業」を主張する土建屋のロビイストとは違うので、その理論武装はしている。通常、財政政策が好ましくないとされる理由は次の4つだ:
  • インフレで一時的に失業率は下がっても、長期的には自然失業率に戻る
  • 金利上昇や為替の増価によって民間需要をクラウディングアウトする
  • 財政を悪化させて民間需要を抑制する
  • 政治的な裁量で税金が浪費される
このうち現在のアメリカでは、インフレの懸念はほとんどなく、金利上昇も起こっていない(もし起こった場合には、FRBが利下げで支援すればよい)。政府債務もGDPの90%程度で、日本に比べればはるかにましだ。政治的なゆがみは否定しないが、大不況の社会的コストよりましだという。

これに対してラジャンは「オバマ政権の巨額の財政政策は効果がなかった」と批判する。クルーグマンもそれは認めるが、彼はその原因をラジャンとは逆に、財政支出が少なすぎたからだという。その根拠として1930年代にニューディールで大恐慌は克服できなかったが、第2次大戦が大恐慌を終わらせたという。

一時、クルーグマンが主張したインフレ目標については、3ページほどしかふれていない。かつてそれを激しく主張したバーナンキがFRB議長になってから慎重な政策をとって「日銀化」していることについては、彼が「FRBボーグ」の虜になって魂を抜かれたからだというが、バーナンキは「中央銀行の実務を理解して昔の自分の日銀批判の誤りをさとったのだ」というかもしれない。

それより傾聴に値するのは、住宅債務の減免策だ。いまだに1500万世帯が債務超過になっているといわれる状況を是正しない限り、deleveragingによる不況は終わらない。オバマ政権は大規模な債務者の救済を政治的な理由でためらっているが、日本の教訓からもバランスシートがきれいにならない限り不良債権問題は解決しない。そういう状態でバラマキ財政政策をいくら増やしても役に立たないというのも日本の重要な教訓だが、クルーグマンはそれには知らないふりをしている。