頭の悪い学生に教えるとき一番むずかしいのは、彼が何を勘違いしているのかわからないことだ。それは多くの場合、教師が何十年も前に習って意識していない超初歩的な問題であることが多い。きのうの記事で取り上げた藤井聡氏のプレゼンにも、多くの人が(自民党の政治家を含めて)よく陥る落とし穴が見られる。
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上の図を見て気づくのは、名目と実質の区別がついてないことだ。「物価の下落→民間企業は投資を抑制」となっているが、これは間違いである。物価が下がると売り上げもコストも下がるのだから、

実質利益=(名目売り上げ-名目費用)/物価水準

であり、売り上げが1%下がっても物価が1%下がったら実質的な利益は変わらない。つまり予想されたデフレは経済活動に中立である。これはどんなマクロ経済学の教科書にも書いてある初歩的な知識だ。

藤井氏のように名目ベースの所得だけを見て「デフレで貧しくなる」と思うことを貨幣錯覚と呼び、この場合にはデフレは経済を悪化させる。たとえば物価上昇率が急に下がったとき、名目賃金や名目金利がすぐ下がらないと、実質賃金や実質債務が一時的に上がり、企業収益が圧迫されて失業率が上がる。

しかし岩田規久男氏も認めているように、日本ではデフレに見合って名目賃金も名目金利も下がったので実質ベースの収益は変わらず、デフレは投資に中立である。「デフレが超円高をもたらして企業収益を圧迫する」ということもありえない。円高の原因がデフレだけだとすると、1ドル=100円が80円になっても、国内で100万円の自動車が80万円になれば、輸出価格は1万ドルで変わらないからだ。

最後に考えられるのは、藤井氏のように経済メカニズムを理解できない一般人が「物価が下がると何となく景気が悪い」と錯覚して消費を減らすことだ。これについては先日の記事に何人かの専門家からコメントをいただいたが、GDP比でみると個人消費は増えている。名目賃金に下方硬直性があると、実質賃金は上がるのでピグー効果で消費は増える。

要するに、年率1%以内の軽微なデフレが10年以上にわたって定常的に続いているので予想に織り込まれており、貨幣錯覚は起こっていない。したがってデフレは、実質的な経済活動にほとんど影響を及ぼしていないのだ。それは不況の原因ではなく結果であり、「デフレ脱却」などという政策目標には意味がない。

訂正:式が一部間違っていた。