茂木健一郎氏からの質問にツイッターでは答えにくいので、「理科系」の人向けに補足しておく(テクニカル)。
正論のように思えますが、地元の同意もまた民意という論は、どうでしょう? @ikedanob: 代議制民主主義では国会の決めた法律が民意なので、それにもとづかない行政指導や「地元の同意」は違法な手続きです。 RT 電気事業法でそう決まっているんだったら、再稼働させるのが筋ですね。
電気事業法では、原発の運転に地元の同意は必要ない。地元の意思は、建設のとき一括して問うからだ。けさも書いたように、関係者全員が拒否権をもつ共同所有権はアンチコモンズ状態をもたらし、効率は最低になる。これは茂木氏も批判する「過剰なコンセンサス」である。

しかし共同所有権が効率的な結果をもたらす場合もある。無限回くり返される非協力2人交渉ゲームにおいては、次のような外部オプション原理が知られている:
  • 双方の外部オプション(ナッシュ交渉解の基準点)が交渉によって得られる利得の合計の1/2 よりも低い場合には、双方が1/2 を得る。
  • 一方の外部オプションだけが1/2 を上回る時には、その側は均等配分よりも高いシェアを得る。
  • 双方の外部オプションが1/2 を上回る時は、双方とも交渉を退出する。
一方の外部オプションが均等配分よりも大きいと、彼は交渉を退出しても失うものがないから相手よりも大きなシェアを要求し、他方の外部オプションが小さいと彼女は交渉を成立させるために彼に「賄賂」を払わざるをえない。両者の外部オプションがともに交渉の成果よりも小さく、一方が退出することによってどちらも損失をこうむる共同所有権(双方独占)の時にホールドアップはもっとも起きにくく、投資水準は高まる。

したがって売り手が特殊投資をするように誘導するには、買い手もその売り手との相対取引によってのみ有効となる特殊投資を行なって外部オプションをみずから制約することが望ましく、同じことが売り手にも成り立つから、長期的関係でホールドアップを防ぐには共同所有権がもっとも効率的である

これは伝統的社会の贈与のしくみと基本的に同じである。共同体から抜けると自分が大きな損をする状態を作り出してコミットメントを表現することがポトラッチなどの合理的説明だが、全員一致の意思決定も「ここまで来たら自分だけが反対するとみんなに迷惑がかかる」という状況を作り出して「空気」への同調圧力を強める合理的なメカニズムである。

同じ効果は、補完的な資産を独立に所有することでも得られる。各官庁の法案がスパゲティ状にからんで、関連法案への他の官庁の同意がないと国会に出せない状態は、こうした補完性の強い状況を作り出して各官庁を協調させるメカニズムだ(これがそういう意図によるものか、法制局の方針による偶然の結果なのかは研究の余地があろう)。

しかし共同所有権が有効なのは、長期的関係から逃れられない部族社会だけだ。霞ヶ関のような閉じた社会はこの条件を満たしているが、福井県のような「大きな社会」では外部オプションが大きいので、結果を考えないで反対する者が出てくる。ここで「地元の民意」を再稼働の条件にするとアンチコモンズ状態になり、何も決まらない。

したがって法的根拠のない地元の民意を問うことは、事態を混乱させるだけである。まして原発に何の許認可権もない東京都に原発住民投票を請求するのは、売れない芸能人の人気取り以外の意味はない。