Before and Beyond Divergence: The Politics of Economic Change in China and Europe従来の経済史では、ヨーロッパのように封建社会が近代社会になるのが典型的な歴史の発展で、中国は専制国家のもとで停滞していたと考えられているが、最近の研究はこうした西洋の自民族中心主義を否定している。18世紀まで市場経済がもっとも発達していたのは中国であり、むしろ後進地域だった西洋が産業革命を実現して中国を逆転する大分岐(great divergence)が起こったのはなぜか、というのが大きなテーマである。

その原因をClarkは出生率に求め、Mokyrは啓蒙思想に求め、Pomeranzは土地(新大陸)と燃料(石炭)の開発に求める。この他にもさまざまな説があり、まだ定説といえるものはないが、本書が重視するのは戦争である。世界史の中で近世ヨーロッパの最大の特徴は、それが地域的に分断され、数百年にわたって絶え間なく戦争を続けたことだった。

勤勉革命と産業革命

しかしNorth-Wallis-Weingastのように軍事革命を通じて経済力の強い国が勝ち残ったという説明を著者は批判する。戦争で得られる利益よりも損失のほうがはるかに大きく、戦争の中では経済も発展しない。ヨーロッパの激しい戦争が産業革命を生み出したのは、産業の都市への集中が原因だという。

西洋では法の支配が成立したが、中国では財産権が保証されなかったので近代化が遅れたというのは間違いである。最近の研究では、中国でも非公式の評判メカニズムによる取引や信用のネットワークが高度に発達していた。むしろ平和が長く続いたために、国家が民間の取引に介入しなくても長期的関係が維持しやすかったのだ。西洋でも大部分の取引は非公式の契約で行なわれており、この点で質的な違いはない。

最大の違いは都市化である。中国では戦争が少なかったので、工業化の中心は農村で、賃金が安いので労働集約的な工業が発達した。東洋では余っている労働者を使って資源を有効利用する勤勉革命の方向で工業化が進んだが、西洋では戦争が激しいため農村で工業ができず、都市の城壁の中に集まるしかなかった。

都市では賃金が高く土地が狭いため機械化が進み、木材がないため石炭を使った蒸気機関が生まれ、科学の発達によって技術革新が爆発的に起こった。労働生産性の向上には限界があるのに対して、機械のイノベーションには限界がないので生産性が急速に高まり、西洋が中国を逆転した――というのが本書のストーリーである。

これが専門的に正しいのかどうか私にはわからないが、現代的なインプリケーションはわかる。それは中国が市場経済の先輩であり、経済活動を支える伝統的メカニズムをもっているということだ。「改革開放」以降の30年間で資本主義が急速に発達したのは、1000年以上にわたって構築されてきた経済ネットワークがあったからで、中国は「新興国」ではないのだ。