Hierarchy in the Forest: The Evolution of Egalitarian Behavior
人類の歴史をホッブズのように「万人の万人に対する戦い」とみるか、ルソーのように「高貴なる未開人」の堕落とみるかは、世界観の違いだろう。政治学では人類の歴史を戦争の連続として描くフランシス・フクヤマや、文明を暴力からの脱却として描くスティーブン・ピンカーのようなホッブズ派(性悪説)が主流である。

しかし最近の霊長類の研究では、これに疑問もある。多くの類人猿の集団は階級社会で、猿山のようにオスとオスの序列を決めて争いを抑止し、メスはオスに従属する。この序列は母系集団では生まれたときから決まっており、それを争いでくつがえすことは少ない。

それに対して人類(ホモ・サピエンス)は平等主義で、集団の中の序列が決まっていなかった。これはルソーのいうように人類が博愛主義者だったからではなく、その逆である。人類は直立歩行で手が自由になり、道具を使うようになったため、武器で階級秩序を破壊する「悪者」が出やすくなり、紛争を抑止するために平等主義のモラルができた、というのが本書の仮説である。

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