サンクコストの話は、奥が深い。これは人間行動の時間非整合性という根本問題に起因するからだ。サンクコストを入れて採算を考えることは不合理だが、それが将来の採算に影響する場合がある。

たとえば八ッ場ダムの総工費は4600億円で、反対派のいうように便益がそれを下回るとすれば建設すべきではない。しかし工費のうちすでに3200億円が使われており、残りの工費は1400億円なので、便益がそれ以上なら(総費用を下回っても)完成したほうがよい。もちろんこの場合には最初から着工すべきではないのだが、過去の工費はサンクコストなので今後のキャッシュフローとは無関係だ。

同様の問題は、企業にも起こる。たとえば銀行が経営不振の会社に100億円融資している場合、企業が「あと10億円融資してくれれば倒産をまぬがれる」と追加融資を求めると、融資に応じざるをえない。110億円を他の企業に融資すればもっと高い収益が上がるとしても、倒産して100億円が回収できなくなるよりましだからだ。このようにサンクコストが大きい場合には、公共事業でも民間プロジェクトでも、既得権を守ることが事後的には合理的(パレート効率的)になることがある。

しかしそれが事前にわかっていると企業は経営努力を怠り、資金が不足したら追加融資を求めるソフトな予算制約(SBC)が起こる。これを防ぐ一つの方法は、銀行ではなく株式や社債のような分権的ファイナンスを使うことだ。株主はサンクコストを無視するので、企業が危なくなったら売り逃げる。それがわかっているとSBCも起こりにくい。

これには一長一短がある。分権的ファイナンスでは事業の継続性を考えないので、一時的に採算の悪い企業を時期尚早につぶしてしまうリスクがある。他方、銀行や国営企業のような集権的ファイナンスでは既得権を過剰保護するので、SBCが起こりやすい。日本では後者のバイアスが強いので、国営企業の民営化や資本市場の活性化が重要である。郵政民営化を巻き戻す民主党が「ゼロベースで改革する」などといっても、何の説得力もない。