原発「危険神話」の崩壊 (PHP新書)拙著がアゴラブックスPHP新書できょう同時に発売される(アマゾンは15日午前から出荷)。「はじめに」の一部を引用しておく。
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従来の安全論争では、炉心溶融が起こるかどうかに大部分の労力がさかれ、それが起こったときは原子炉が全壊して大量の放射性物質が周辺数十キロメートルに飛散して数万人の死者が出ることは必然だと思われていた。しかし今回の事故では――あとからわかったことだが――炉心は完全に溶融していたが、圧力容器は(一部破損したものの)破壊されず、格納容器もほぼ無事だった。つまり今回の事故では、次の二つの神話が崩壊したのである。
  • 安全神話:最悪の事態でも炉心溶融は起こらない
  • 危険神話:炉心溶融が起こると数万人が死ぬ
このうち後者はあまり気づかれないが、不幸な出来事の多かった中で唯一のグッドニュースである。放射能の健康被害は、従来の想定よりもはるかに小さかったのだ。だから30キロ圏内を避難させた政府の計画避難区域は過大であり、農産物などの出荷規制も不要だった。このような過剰規制によって11万人の人々が10ヶ月以上にわたって避難生活を余儀なくされ、農業に多大な被害が出て、その賠償で東電の経営が破綻することが懸念されている。
 
もちろんこれは結果論であり、ほとんど情報のなかった事故直後に行政が「過剰防衛」したのはやむをえないが、その後もずっと避難勧告を解除しなかったことは被災者に大きな負担となった。この原因は、マスメディアだけでなくネットメディアも放射線の危険を誇大に報じ、「リスクゼロ」を求める人々が騒いだためだ。
 
私は原子力工学の専門家でも放射線医学の専門家でもないが、NHKに勤務していた1980年代に原発訴訟を取材し、それからも関心をもってきた。エネルギー問題の特徴は、非常に複雑で専門分化していることだ。しかも物理学や医学と経済問題や政治問題がからみあっているので、ある分野のテクニカルな問題が別の分野に影響する。

原子力工学の専門家は放射線医学については古い知識しかなく、放射線医学の専門家はエネルギー問題については何もいえない。それは専門家の節度としては正しいのだが、結果的には専門知識のないデマゴーグの跳梁を許してしまう。

だからどの分野の専門家でもない私が全体を俯瞰して浅く広く紹介し、基本的な事実を正しく理解してもらうことも意味があろう。その際、私の専門は経済学なので、効率性を基準にして考え、具体的なデータと数字で語るように心がけたつもりである。

目次

第1章 安全神話と危険神話
 原子炉で何が起きたのか
 福島第一原発の欠陥
 混乱した政府の初期対応
 「メルトダウン」は起こったのか
 被害のほとんどは「風評」
 チェルノブイリ事故は大災害だったのか
 最大の被害をもたらしたのは放射能ではない
 原子力につきまとう原爆の影
 危険なのは石炭火力

第2章 放射能はどこまで恐いのか
 放射線はなぜ危険なのか
 確定的影響と確率的影響
 放射線の影響には閾値があるか
 世紀最大の科学的スキャンダル
 放射能はタバコの煙
 携帯電話は放射能より危険か
 合理的な線量基準とは
 原子力は特別か
 除染は必要なのか
 核廃棄物は政治問題

第3章 危険神話はなぜ生まれたのか
 朝日新聞の「原発ゼロ」キャンペーン
 「プロメテウスの罠」の被害妄想
 東條英機の論理
 NHKの捏造した字幕

第4章 「空気」の支配
 公害病の虚実
 暴走する「正義」
 武田邦彦氏の売り歩く放射能デマ
 日弁連の「異端審問」
 ニセ科学者を輸入した自由報道協会

第5章 「リスクゼロ」を求める人々
 リスク評価のバイアス
 ハザードとリスク
 「脱原発」という呪文
 福島みずほ症候群
 さようなら大江健三郎
 原発事故は「文明災」か
 「文科系知識人」の終末論

第6章 「自然エネルギー」の幻想
 再生可能エネルギーは原発の代わりになるのか
 再生エネ法は電力自由化の道を閉ざす
 スマートグリッドの可能性
 ガラパゴス化するスマートメーター

第7章 電力自由化への道
 独占から競争へ
 発送電の分離は可能か
 電力のインターネット
 小口電力の自由化
 東電「国有化」のまやかし
 原発事故の損害賠償に関する公正な処理を

第8章 合理的なエネルギー戦略
 エネルギーのポートフォリオ
 原子力は安いのか
 事故のリスクと経済性
 天然ガスの黄金時代
 原子炉のイノベーション