私はもう興味ないのだが、安富歩氏の妄想はまだ続いているようだ。これは彼の特殊な思い込みなので取り上げる価値はないが、LNT仮説についてGEPRに新しい素材があるので紹介しておこう(非常にテクニカル)。

放射線生物学の世界的権威であるTubianaなど4名の共同論文(2009)は、最新の成果にもとづいて「LNT関係は放射線の生物的および実験データと矛盾する」と論じている。要旨は次の通り:
発癌現象の解明や癌に対する防御反応の発見など、この20年間の放射線生物学における進歩は、 時代遅れのLNTモデルと対立している。生命は電離放射線と太陽光の紫外線を多量に浴びて進化しており、空気を必要とする生命組織をつくってきた。そのために
  • 生命活動を行う上で生じた活性酸素に対する抗体
  • DNA修復
  • 損傷した細胞の排出
という特徴を獲得してきた。いくつかのデータでは、高線量被曝よりも低線量被曝の方が、また、急照射よりも分割照射あるいは長期照射において、このような防御反応の有効性がはるかに高まることが示されている。

LNT モデルは放射線の防護基準をつくるための考えとして使われてきたが、このモデルを用いることで最低線量の被曝(ひとつの細胞に電子が一度通過する程度)ですら発癌現象を引き起こすという主張がなされるに至った。この主張は仮定に基づくもので、結果として医学的にも経済的にも、そして他の社会的な側面にも損害を与えることとなった。
くわしく知りたい方は原論文が公開されているのでお読みいただきたいが、私が適当に要約すると、細胞は次のような多重の防御機構をもっている:
  • 活性酸素に対する防衛:放射線は酸素をイオン化して活性酸素を作り出し、DNAを傷つけるので、生物はこれに備える防衛機構をそなえている。自然の原因によって、一つの細胞で1日に最大8回、DNAの鎖が2本とも切断される。これは200mSvの放射線による損傷とほぼ同じである。
  • DNAの修復:哺乳類は8億年以上前からDNAを修復するメカニズムをもっている。人間の場合、100mSv以下では染色体の損傷は起こらない。こうしたメカニズムは低線量のときに機能するもので、500mSvを超えるときかなくなる。
  • 適応反応:DNAの損傷に対するその細胞自身の防衛だけでなく、周囲の細胞でも防衛機能がはたらき、損傷の拡大を防ぐ。こうしたメカニズムは低線量では機能するが、500mSv以上ではみられない。
  • バイスタンダー効果:放射線を浴びた細胞が周囲の細胞を傷つけるといわれていたが、最近の実験では逆に、放射線を浴びた細胞が適応反応によって周囲の細胞を守ることがわかってきた。この効果がなくなるのは、数Sv以上の強い放射線を浴びたときのみである。
  • ホルミシス効果:低線量被曝が細胞の防衛メカニズムを刺激して発癌を抑制する効果があることが、多くの実験で確かめられている。10mSv以下の被曝は、発癌率を低下させる。
安冨氏は「放射線は物凄いエネルギーでDNAの分子を吹っ飛ばす」と信じているらしいが、放射線は活性酸素を作り出し、それがDNAを切断するのだ。活性酸素は他の原因でも日常的に発生する。人間の身体全体では細胞は60兆個ぐらいあるので、1日に数百兆回もDNAは切断され、修復されていることになる。

つまりDNAの切断はなんら特別な現象ではなく、われわれの細胞は毎日多くの攻撃にさらされ、毎秒何万回も傷ついているのだ。放射線はその原因の一つに過ぎない。細胞はこの激しい攻撃に対する防衛機構をもっており、放射線に対してだけ細胞が防御機構をもっていない(閾値がない)ということは考えられない。

DNAの修復は一つの細胞で1日に何回も行なわれるので、放射線の影響が蓄積することも考えられないから「年間*mSv」という基準は無意味である。こうした修復機構が無効になるのは、瞬間的に500mSvを超える強い被曝のときだけだから、放射線の影響には200mSv前後に閾値がある。これは疫学的には影響が小さすぎて検出できないが、実験では確かめられた事実である。

追記:いまだに変なコメントが来るが、電離放射線が原子をイオン化する基本的なメカニズムについては以前の記事で書いた。実際には、ほとんどの影響は活性酸素を通じて起こり、放射線がピンポイントでDNAを破壊することはほとんどない。くわしいことは、ここで引用したTubiana et al.を参照。