放射線の話は基本的には決着がついているので、残った話はテクニカルになってしまう。うんざりしている方は無視してください。

福島の農産物を「毒物だ」という早川由起夫氏のツイッターを「深い思想と戦略とが込められた発言」と賞賛している安富歩氏は、放射能デマの共犯者である。彼は今まで科学的な証拠を出したことがないが、ようやくデータらしきものを出してきた。
[池田が]「暫定規制値(野菜の場合セシウム137が500Bq/kg)は実効線量係数(1.3×10-8)をかけると6.5μSv/kgだから、人体に危険とされる100mSvの放射線を浴びるには1年に15t食わなければならない」という計算をしているが、これは間違っている。何が間違っているかというと、放射線被曝の閾値の存在が立証されない限りは、線形閾値無し仮説で計算せねばならない。そうなると、

総被爆(ママ)量=人×被爆(ママ)

で計算しないといけない。何人シーベルトで1人死ぬか、という係数をαとすれば、総被爆(ママ)量/α で死者の期待値が出る。ゴフマンの係数では、2.68人シーベル(ママ)で、一人が死ぬ。もちろん、これが正しいかどうか、私は知らない。
「正しいかどうか知らない」計算にもとづいて、他人を「間違っている」と断定するのはいい度胸だが、被爆と被曝の区別もつかない安冨氏は、東大教授のくせに中学の理科レベルの計算もできないらしい。彼の計算は、重量ベースに変換するとこういうことだ:
暫定規制値の野菜をどれぐらい食えば死ぬかは、

総摂取量=人×摂取量

で計算しないといけない。何人・kgで一人死ぬか、という係数をαとするとα=15000だから、一人が年間15tの野菜を食うと死ぬので、1000人が年間15kgの野菜を食うと一人が死ぬ
これが正しくないことは、いうまでもないだろう。ある人の食った野菜は別の人の健康に何の影響も及ぼさないので、その摂取量は集計できないからだ。こういう荒唐無稽なことを書くのは、彼が集団線量という概念を理解していないことを示している。それは放射線を管理する線量基準であって、野菜の摂取量を合計する基準ではないのだ。

彼が最後のよりどころにしているLNT仮説も、政府のWGがいうように「100ミリシーベルト以下の低線量被ばくであっても、被ばく線量に対して直線的にリスクが増加するという安全サイドに立った考え方に基づき、被ばくによるリスクを低減する」ための目安であって、それ以上だと死ぬという基準ではない

ICRPの年間線量というのも、同じく行政が防護措置を取るための基準である。このように実際に危険な水準に安全率をかけることは工業製品にはよくあるが、瞬間的な最大値が問題である被曝量を年間で集計し、それをさらに集団線量として集計すること自体が、実質的には1000倍以上の安全率を見込んでいるのである。

これは通常の原子力施設の管理基準としては悪くないが、今回のような大規模な事故の賠償や除染に使うのは間違っている。年間線量や集団線量というICRPの基準は誤解をまねきやすいので、当ブログの愛読者である細野原発担当相は、こうした概念の整理を厳密にしていただきたい。

追記:意外に盛り上がったので、安冨氏の記事の続きを引用しておこう:「池田氏の計算では、15トンで 100mSv だから、これなら 1500トンで 10Sv になるから、四人弱が死ぬ、と期待される。日本人は、年間、ざっと100キロの野菜を食べるから、15000人で1500トンである。ということは、15千人で4人死ぬ、と期待されるわけである」。本人も何を書いているのかわかってないから、他人が読んでも意味がわからない。これが東大の「文科系」教授の平均的な水準である。

追記2:ICRPも次のように警告している:「集団実効線量は,最適化のための,つまり主に職業被ばくとの関連での,放射線技術と防護手法との比較のための1つの手段である。集団実効線量は疫学的リスク評価の手段として意図されておらず,これをリスク予測に使用することは不適切である。長期間にわたる非常に低い個人線量を加算することも不適切であり,特に,ごく微量の個人線量からなる集団実効線量に基づいてがん死亡数を計算することは避けるべきである」