先日の記事について、安冨氏の反論らしきものが来た。記事が5本もあるが内容がほとんどないので、簡単にお答えしておく(ほとんどの人は読む必要がない)。

私が「批判するなら具体的なデータを出せ」と書いたので、今度は私の主張を反証する科学的根拠が示されるだろうと思ったら、あきれたことに何もない。その根拠は
原子力を推進する人の言葉遣いは、どこまでもおかしい
経済学や医学のデータの扱いは、無茶苦茶だ!!
データをむやみに信じるのは非科学的
というだけである。言っておくが、私は「原子力を推進する」などと一度も書いたことはない。「データをむやみに信じる」べきではないからといって、彼はデータなしで放射線の問題を語れると思っているのだろうか。たとえば彼は
そういえば思い出したのだが、私の記憶では、中川准教授は、疫学調査で見えるような被害は出ない、と言っていたのではなかろうか。「疫学調査で見えるような被害は出ない」と「被害は出ない」との間には、千尋の谷がある。私はそんな谷を渡るのは危険だ、と言っているのである。
と曖昧な記憶で言っているが、「アゴラ」の私の記事に貼ってある画像を見れば、中川氏が「フクシマではがんは増えない」と断定していることがわかる(本にもそう書いている)。彼はグロービスで行なわれた講演でも「癌は増えない。内部被曝も問題にならない」と断言している(彼も原発推進派ではない)。


これは彼の臨床医としての経験によるものだ。癌の治療には強い放射線を当てる必要があるので、分割照射が行なわれる。たとえば前立腺癌の治療には78Svの放射線を当てることがあるが、これを一挙に当てると死亡するので、数ヶ月かけて数百mSvずつ照射する(局部照射なので疫学調査の全身被曝のデータとは単純に比較できないが)。

疫学調査でも、たとえば年間で最大260mSvの放射線を浴びるイランのラムサールで行なわれた多くの疫学調査でも、発癌率に有意な差は見られない。これは低線量被曝に閾値があるという有力な学説を支持する事実である。100℃の湯に指を入れると1秒で火傷するが、10℃の湯に10秒つけても何も起こらない。

癌のメカニズムから考えても「毎時*μSvだから年間*mSv」という計算には意味がなく、放射線が大量のDNAを一挙に破壊する瞬間の最大値が問題である。したがって年間線量を基準にするICRP勧告には科学的根拠がなく、「内部被曝」で生涯に何Sv被曝するといった数字にも意味がない。

中川氏があえて断言するのは、安冨氏や朝日新聞などのまき散らす被害妄想が、かえって被災者を不安に陥れ、二次災害をもたらすからだ。チェルノブイリの最大の被害が強制移住や失業などによる精神的ストレスだったことは、今日では常識である。リスクをゼロにすることは、可能でも必要でもない。どの程度のリスクを(入手可能な情報の中で)とることが最適かを考えることがリスク・コミュニケーションである。

・・・などという話を安冨氏にしても無駄だろう。科学的データで語ることを拒否しているのだから、そもそも対話の成立する土俵がない。彼のいう「東大話法」なるものは、自分と意見の違う人に「原子力を推進する人」などと嘘のレッテルを貼る党派的レトリックに過ぎない。こんな非論理的な話は「アゴラ」への投稿をお断りする。