さっきの記事のおまけ。そもそも放射線を照射すると癌になるのはなぜか、ということが理解されていないのが、さまざまな混乱の原因らしい。放射線にはわからないことも多いが、それが人体に影響を及ぼすメカニズムはよくわかっている。科学でわかっていることと、まだわかっていないことを区別することは重要である。

原発事故で問題になっているガンマ線は、非常に波長の短い電磁波であり、電波や光と基本的には同じである。ただ波長の短い電磁波はエネルギーが強く、原子に作用して電荷を変える電離作用(イオン化作用)があるため、電離放射線とも呼ばれる。ふつう放射線と呼ばれるのは、この電離放射線のことである。

強い電離放射線が原子に当たると、図のように電子をはじき飛ばしてプラスイオンにする。原子は電荷によって結合しているので、イオン化によって電荷が変わると原子の結合が壊れ、分子がばらばらになることがある。

これがDNA(遺伝子)の分子を切断すると、遺伝情報が変化する。DNAの鎖は2本あるので、一方だけが破壊されても修復できるが、2本とも切断されると修復できず、染色体の欠損が起こる。このため細胞分裂に失敗して、無秩序に増殖する癌細胞が発生すると、数十年後に癌になる可能性がある。

このように放射線の影響はきわめて微小なレベルで大量の分子が破壊された場合に起こるので、日常的に浴びる数mSv程度の被曝では、DNAに変化は起こらない。癌というのは変異した細胞が増殖して正常な細胞を殺す病気だから、一定の閾値以上の強さの放射線で遺伝子が大量に破壊されないと癌には成長しない、と多くの科学者は考えているが、ICRPはまだ閾値なし(LNT)仮説をとっている。

自然界には宇宙線などによる放射線があり、日本では年間平均1.5mSvの放射線を浴びているので、人体は数mSv程度の放射線には耐えられる自動修復機能をもっている。生命は38億年の歴史の中で多量の放射線を浴びて進化してきたので、数mSv程度の放射線で死ぬような個体は生存できないだろう。

発癌のメカニズムや大量の放射線を浴びた場合の影響はよくわかっているが、問題は低線量被曝の影響である。これについては論争が続いており、いまだに決着がつかないが、それはデータがないからではなく、リスクが小さすぎて他の要因と区別できないからだ。次の図は広島・長崎の被爆者についての有名な論文のデータだが、200mSv以下ではばらつきが大きく、死亡率が下がっているグループ(ホルミシス効果)も見られる。

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広島・長崎の被爆者の被曝線量と癌死亡率の増加

このデータベースは何度も改訂されており、いま使われているDS02と呼ばれるデータのサンプルは8万6000人。これでも低線量被曝の影響を統計的に有意なレベルで検出するには不十分だが、確実にいえるのは、100mSv以下の放射線のリスクは、あるとしても受動喫煙以下だということである。これはLNT仮説を否定する大部分の科学者も、それを支持するICRPやBEIRも一致して認める事実である。

追記:くわしくいうと、プラスイオンになった原子が直接DNAを切断するだけでなく、活性酸素などを生成してDNAを切断するほうが多い。