きのうの記事に専門家からコメントが寄せられたので、補足する。細かい話なので、関係者以外は無視してください。
この「追跡!真相ファイル:低線量被ばく 揺らぐ国際基準」を強く批判したのは、学習院大学の田崎晴明氏である。彼はこう書いている:
ここでいう「驚くべき事実」というのは、「ICRP が採用している低線量の被ばくによるガンのリスクは、広島・長崎での被爆者(LSS 集団)の追跡調査の結果から得られたリスクの約半分だ」ということ。 でも、こんなのは、専門家だけが知っていた知識ではないし、まして機密情報でもない。 被ばくリスクについて真面目に考えている人ならだいたいは知っている「常識」の一つなのだ。

低線量の放射線をゆっくりと浴びた場合は、強い放射線を一気に浴びた場合よりも健康被害が少ないので、それを補正するために DDREF(線量・線量率効果係数)で割ることにする。 ICRP では DDREF を 2 に選ぶ

これを本気で「驚くべき事実」だと認識したなら、番組制作者は犯罪的なまでの知識不足・準備不足ということになる。そのような準備のままこういった深刻な問題に関する番組を作ったとしたらまったく許し難い。 おそらくは、さすがにこれくらいのことは知っていたが、番組の中にスクープ的要素を取り入れて山場を作らなくてはいけないということで、敢えて「驚いてみせた」というのが事実だろうと推測(あるいは、邪推)する。しかし、そうだとしたら、それはやっぱり欺瞞だ。 ICRP の体質を批判するのは結構だが、嘘をもとにした批判は無意味。(強調は原文)
私の想像は違う。この番組をつくった西脇順一郎というディレクターは「ICRPがデータを改竄した」という予断をもって海外取材したが、相手が思ったような答をしないので、話を捏造したのだ。ICRPのクレメント科学事務局長は、インタビューに答えて
...do know that they're looking not just at the numerical value of the DDREF but also the whole concept whether or not it really still applies.
と答えているのだが、字幕は
低線量のリスクを半分にしていることが本当に妥当なのか議論している
となっている。これは誤訳ではなく捏造である。クレメント氏は「DDREF の数値についてだけでなく、概念そのものについて、これが本当に今でも有効なのかどうかを、検討していることはよく知っている」と語っているだけで、「低線量のリスクを半分にしている」などとは語っていない。

それは当たり前だ。ICRPが「リスクを半分にする」ことなどありえないし、そんなことをした事実もないからだ。ICRPは1990年の60号勧告で、DDREFとして2を採用した(健康被害の推定を線量に比例する値の1/2にした)だけである。これは100~200mSvに閾値があるという有力な学説を勘案したもので、科学的にはこれでも過大なリスク想定である。100mSv以下では統計的に有意な健康被害データが存在しないからだ。

それをまるでICRPが健康被害のデータを改竄したかのように表現しているこの番組は、田崎氏も指摘するように意図的な放射能デマである。特にクレメント氏が語っていないことを字幕に出したのは、「あるある大事典」と同じ悪質なデータ偽造だ。

BPOはNHKにインタビューの元データを提出させ、クレメント氏が「リスクを半分にした」と言ったかどうかを検証すべきだ。そういう事実がなければ、この番組は捏造であり、ICRPに対する名誉毀損だ。NHKは訂正して謝罪すべきである。

追記:水野義之氏によれば、1986年に原爆の場所と線量の関係データセットを改訂(DS86)し、その前(T65D)と2倍違ったが、DDREFで補正したとのこと。NHKはこれを「リスクを半分にした」と誤解したものと思われる。