夏野剛氏が、ツイッターで怒っている。
インターネット業界からドコモに行き、さんざん苦労して世界でも例のないインターネット型携帯サービスを立ち上げたのに、尊敬する方から否定発言されると言うのは本当に悲しい。少なくとも2000年代前半にiPhoneは作れなかった。GoogleもAppleもさんざん日本を研究して作った。
これは孫正義氏の次のコメントに対する反論だ。
いわゆるiモードというのはインターネットじゃないんですよ。一般のインターネットがさくさくとブラウジングできるようなものでなく、囲い込まれた特殊な画面サイズの特殊なアプリの世界です。
「一般のインターネット」の定義にもよるが、iモードはHTTPとHTMLで普通のブラウザからも見えるので、インターネットに入る。せめて「標準的なHTMLではない」ぐらいだろう。これはiモードのできた1999年ごろの端末の能力ではやむをえない機能制限だった。それを回線交換のガラケーと一緒くたにするのは、夏野氏が怒るのも当然だ。

iモードは、世界のビジネススクールでも「オープン・イノベーション」の成功例として教えられる、数少ない日本のイノベーションである。拙著『イノベーションとは何か』から引用しておこう。
ガラケーの生み出した最大のイノベーションが、NTTドコモの「iモード」である。携帯電話の端末でデータ通信を行うという発想は、かなり前からあり、1998年にエリクソン、ノキア、モトローラなどによって「WAPフォーラム」が発足して国際標準化が始まった。しかし、参加するメーカーや通信業者の数が増えるにしたがって内部対立が表面化し、標準化の作業は難航して、正式バージョンはなかなかできなかった。

ドコモでも、1997年からDoPaというパケット通信サービスが行われたが、これはパソコンにつないでドコモ専用のネットワークに接続しなければ使えないため、まったく振るわなかった。これをもっと手軽にし、携帯端末だけでインターネットに接続できるようにしようというのが当初のiモードの発想だったが、テンキーでデータ通信をするのは無理だという消極論が社内にも強かったという。

そこで「だめでもともと」ということで、榎啓一氏(ゲートウェイビジネス部長)が松永真理氏(企画室長)や夏野剛氏(戦略担当部長)などの外部の人材を起用し、コンテンツも「インターネットによりかかり」(榎部長)にした。当初はドコモがコンテンツをすべて購入して管理する方式が想定されていたというが、「外人部隊」が反対したたため、ウェブ型のオープンなモデルになった。

WAPが携帯端末の限られた能力で普通のウェブサイトなみの機能を実現しようとしてデータを圧縮し、携帯端末用に最適化した言語WMLを開発したのに対し、iモードはドコモ独自のパケットで伝送し、中央のゲートウェイでTCP/IPに変換して、HTTPやHTMLなどのインターネット標準をそのまま使う方式だ。これはドコモの電話網でインターネットのエミュレーション(模擬動作)をやっているので伝送効率は低く、機能も限られている。

ところが、iモードはドコモだけで規格が決められるため、どんどんサービスを始めたのに対して、WAPの標準化が遅れたため、ドコモ以外の各社はそれぞれ独自の「WAPもどき」の方式でサービスを始めざるをえなかった。その結果、国際標準であるはずのWAPがかえってばらばらになり、標準化をほとんど考えない「NTT規格」だったiモードが事実上の国内標準となった。2001年に発表されたWAP2.0はiモード互換となり、実質的にドコモの規格が国際標準となった。

この明暗を分けた決定的な要因は、iモードをサポートする「勝手サイト」が大量に出現したことだ。WAPで読めるようにするには、WMLで書き、特殊なWAPサーバを使わなければならなかったのに対して、iモードのコンテンツはコンパクトHTML(簡略化したHTML)で書いて普通のウェブサイトに置くだけでよいため、だれでも自分のホームページから情報を発信でき、勝手サイトは爆発的に増えた。

iモードの成功はいろいろな偶然の重なった結果、NTTの資金力や技術力とインターネットの自由さがうまく結びついた「奇蹟」のようなもので、意識的にまねようとしてもうまく行くとは限らないが、その教訓は明らかだ。通信業者がコントロールしないで自由に作らせることによって多様なオープン・イノベーションが生まれ、それがさらに多くのコンテンツを生み出す・・・という好循環が回り始めればサービスは広がるのだ。(pp.77-8)
ただし、そのあとが続かなかった。この原因は夏野氏によれば、海外のキャリアを買収してiモードのサービスを行なう決断が、当時の経営陣にできなかったためだという。私は逆に無料でライセンスして拡大すべきだったと思うが、いずれにせよ後の祭りである。夏野氏のような「異分子」がいなくなると、ドコモは昔のNTTに戻ってしまった。