きのう紹介したカーネマンの理論は、いろいろ応用できる。今までアドホックに論じられてきた日本人論も、実験で検証できるかもしれない。私の経験した範囲でいうと、テレビ番組の作り方には日本人の特異性がよく現れている。

海外のドキュメンタリーを見ると、テンポが速くコメントがびっしり入っていて、情報量が多い。これに対して日本のドキュメンタリーはカットが長く、まったり間を置いてコメントが入る。これは番組の作り方がまったく違うからだ。

日本以外では、まず全体の時間配分を決めてコメントを書き、同時に映像を編集する。これだと50分の番組は最初から50分で編集するので、並行して作業でき、手直しが少ない。コメントと絵の合わない部分を直す程度だ。これはカーネマンの理論でいうとシステム2の分節言語で編集し、システム1の映像をそれに合わせるものだ。日本以外はすべてこの方式で、中国や韓国も同じだ。

ところが日本では、時間配分を決めないで、まず映像を大ざっぱに編集する。50分の番組なら2時間ぐらいの「荒編」をつくって、みんなで見る。そこから少しずつ縮めて、NHKスペシャルの場合は70分ぐらいに編集して部長なども入れて試写し、映像を50分にしてから絵に合わせてコメントを書く。これだと映像とコメントの手直しが何往復も必要で、Nスぺだと50回ぐらい同じ映像を見なければならない。

このやり方は民放でも同じで、これはNHKのやり方が広まったものと思われる。まずシステム1で編集してみんなの意見を聞き、合意が得られてからシステム2を決めるので、映像の完成度は高いが、テンポがないので海外では売れない。ポストプロダクションの時間も制作費も、国際水準の2倍以上かかる。

ソフトウェアでもよくいわれるように、顧客の要求仕様が曖昧なので「作っては直しを際限なく繰り返す」。このためコーディングに時間がかかり、顧客ごとにコテコテにカスタマイズするため、ポータビリティがない。SEとプログラマーが分業できないため、いちいち全員で打合せしないと仕事が進まない。

システム1は丸山眞男的にいえば「古層」だが、このレベルの合意ができないとシステム2の意思決定が動かないのだ。日本企業の強みも弱みも、この意思決定スタイルにある。システム1は速い思考なのだが、大きな組織では多くの人々のコンセンサスが必要なので、遅い意思決定になってしまう。システム1の合意形成をスムーズに行なうには「強いリーダー」はじゃまなので、指導者が育たない。

経済問題を宿命論的に考えるのはよくないが、こうした「古層」のバイアスは人々に意識されていないので、変えることは非常にむずかしい。今回のTPP騒動の異常な盛り上がりの背景にも、このシステム1とシステム2の優先順位を逆転させようとするアメリカのへの無意識の反感があるのかもしれない。カーネマンもいうように、まず盲目的であることに盲目的な状態を脱却し、バイアスを自覚することが合理的な意思決定の条件である。