TPP反対論がナンセンスであることはもう説明の必要がないと思うが、賛成論にも疑問がある。そのメリットを輸出拡大に求める経産省の宣伝は間違いであり、戸堂康之氏の「TPPのメリットは10年で100兆円」という計算は根拠不明だ。もっとわからないのは、経団連の米倉弘昌会長の「TPPで空洞化に歯止め」という話だ。彼はこういう:
産業の空洞化に歯止めをかけ、国内の雇用を維持するために不可欠なことは、企業が海外で稼いだ利益を日本に持ち帰り、再投資したくなる立地条件を整えることだ。その一つが、貿易自由化の推進だ。韓国は欧州連合(EU)に続き米国とも自由貿易協定(FTA)を結んだ。日本が遅れれば遅れるほど、日本に残るべき生産・研究開発拠点まで流出する恐れが強まる。
企業が国内に「再投資したくなる立地条件」とTPPは、何の関係もない。TPPは貿易自由化のための協定だからである。むしろ貿易が自由化されると、生産拠点を海外に移す「空洞化」は促進されるだろう。たとえば現在、繊維製品には10%の関税がかかっているため、ユニクロが中国で生産した衣類を日本に輸入する場合も関税がかかる。しかしこれがなくなれば、海外生産するメリットは大きくなるのだ。

実はアメリカがTPPを進めるねらいは、ここにある。反対派はよく「アメリカ以外は小国ばかり」というが、こうした国は貿易の相手国としては小さいが、アメリカの企業が海外生産を行なう候補地である。関税や非関税障壁を除去することは、貿易より直接投資の拡大に意味があるのだ。この点で日本は、農産物以外の関税は低く、直接投資の規制もほとんどないので、よくも悪くも影響は少ない。

他方、これからアジア各国で関税や投資障壁がなくなると、日本から海外に生産拠点を移すことが容易になる。これは企業収益にとってはプラスだが、国内の雇用にとってはマイナスである。しかし同じ影響は労働集約的な製品を輸入することによっても起こるので、生産拠点の移転だけを特別扱いする理由はない。たとえばユニクロが中国で生産しなくても、中国から安い繊維製品が入ってくれば、日本の繊維産業の雇用は失われる。

むしろ日本の企業に足りないのは、こうしたグローバル化による国際分業の徹底だ。アップルが高い利益を上げているのは、ハードウェアの生産をすべて中国で行ない、本社は研究開発に特化しているからだ。他方、ソニーは国内に工場をもっているため、ハードウェアが割高になるばかりでなく、開発部門と製造部門の利害の不一致で中途半端な製品になり、不採算の製品を切り捨てることができない。空洞化の場合は本社が残るが、グローバル競争に負けると企業がまるごとなくなってしまう。

生産拠点がグローバル化しても、本社部門が国内にあれば利潤が還流してGDPは上がる。だから政府ができる有効な対策としては、法人税の廃止がある。復興特区で新設企業の法人税を時限的に免除するのは、重要な前進である。雇用を守るためには、新興国と競合する製造業に張り付いている労働人口をサービス業に移転する労働市場の改革も必要だ。農産物の高コストや食品の過剰な規制が流通・外食産業の生産性を低下させているので、TPPはこうした改革を促進する上でも重要である。