TPPについてはネット上で下らないデマが流されているようで、けさの記事にも「農業が壊滅してもいいのか」という類のコメントがたくさん来た。今さら反論する価値もないが、正しい議論の素材を提供するために基本的な事実を補足しておこう。

農水省の発表している食料自給率は、2010年度はカロリーベースでは39%、生産額ベースでは69%である。ところが農水省は、前者だけを公式の自給率として発表している。これによれば畜産品の国産比率は70%だが、その飼料となる穀物の自給率が低いため、これをかけたカロリーベースの自給率は17%になる。卵の96%は国産だが、その自給率はわずか9%だ。

こんな計算に意味がないことは明らかだ。カロリーを取るだけなら、たとえば小麦の輸入が止まったら他の作物を食えばよい。自給率97%の米でもいいし、大麦でもトウモロコシでもいい。すべての食物の輸入が止まることは、第2次大戦でも起こらなかった。第3次大戦で日本が核攻撃で全滅すれば起こるかもしれないが、そのときは食料自給率どころではないだろう。

「新興国の食料需要が増えて穀物価格が上がったらどうする」という話があるが、川島博之氏もいうように、農業技術の向上によって農産物の生産も拡大している。価格が問題だとすると、世界の穀物相場よりはるかに高い価格で国内生産する意味はない。以前の記事でも書いたように、自給率を高めるというのは割高な国内穀物を増産することだから、価格高騰の対策にはならないのだ。

浅川芳裕氏もいうように、自給率を高めることだけが目的なら、実現するのは簡単だ。すべての農産物の輸入を禁止すれば100%になる。途上国で自給率が高いのは、農産物を輸入する金がないからだ。日本も江戸時代には各藩は自給自足だったから、自給率は100%だった。農水省はそういう時代に戻ることをめざしているのだろうか。

食料自給率などという指標はWTOでも認めていないし、各国で算定もしていない。農水省の出している「各国比較」は、彼らが勝手に計算しているだけだ。ましてカロリーベースなどという数字は、浅川氏によれば「50%を切る数字でないと不安をあおれないが、エネルギーのように4%だとあきらめてしまう」ということで農水省が1983年から発表し始めた日本だけの統計だ。

そもそもこのように補助金や関税で守ることが農業のためにならないことは、補助金漬けの米を見れば明らかだ。どんな産業も、競争がないかぎり健全に発達できない。農業だけを特別扱いするのはやめるべきだ。所管官庁がミスリーディングな数字を発表し続け、それに便乗して「自給率100%をめざす」などと公約する民主党のような愚かな政治家がいるかぎり、日本の農業は立ち直れないだろう。