アゴラの記事について業界の方々から問い合わせをいただいたので、まとめてお答えしておこう。

竹森俊平氏(彼だけではないが)は、原発事故によって東電が負った賠償債務が金融機関のような現実の債務ではなく、規制に依存する変数だという事実を理解していない。4兆円とも8兆円ともいわれる東電の賠償債務は、現在の1mSv/年という線量基準によるもので、アリソン教授のいうように「月100mSv」を基準にすれば、放射性物質による人的被害はゼロなので、東電の賠償責任は避難費用と風評被害だけになるだろう。

除染の費用も、基準線量の変数である。JBpressにも書いたように、追加的に1mSv/年という基準を適用すると、除染の必要な面積は1万km2以上になり、最大500兆円の費用が必要になる。これに対して100mSv/年だと最大15兆円程度、アリソン氏の主張する1200mSv/年だと除染はまったく必要ない。

このように東電の債務は、被曝限度が変わると大幅に変わる。現実に約2万人が死亡した震災と同時に起こったため、大惨事だと思われがちな福島事故だが、致死量の放射線を浴びた人は1人もいない。チェルノブイリと違って、死傷者はゼロなのだ。それなのに東電が債務超過になるほどの賠償や除染が必要になるのはおかしい。

これは90年代の不良債権問題によく似ている。当時は実質的に破綻していた銀行を延命するため、会計基準などを恣意的に変更して不良債権を過小評価したため、金融システムが崩壊して日本経済が大混乱になった。今回は逆に、過大な不良債務によって生きている東電を殺すと、エネルギー産業に大きなダメージを与えるおそれが強い。

不良債権の教訓は、ルールが間違っているとき、それを変更しないで裁量的にいじるとかえって混乱するということだ。数十兆円の除染費用を負わせたら東電は消滅し、最終的には納税者がそのほとんどを負担する結果になる。予算が足りないからといって、声の大きい地域だけアドホックにやると、他の地域から不満が出て収拾がつかなくなるだろう。

ところが放射線量の問題は原発の専門家にも盲点になっていて、昔の知識で過大なリスクを想定する傾向が強い。東電の賠償を扱っている法律家に「その賠償債務には科学的根拠がないんですよ」というと驚く。1~20mSv/年という「指針」には法的拘束力がないので、訴訟で東電が「放射線被害の科学的根拠を出せ」と主張すると債権者が敗訴する可能性もある。

除染の前にやるべきなのは、放射線についてのルールを見直し、合理的な(訴訟に耐えられる)基準を設定することだ。指針は閣議決定で変更でき、それを100mSv/年に変更することはICRP勧告の限度内でも可能である。当ブログは細野原発担当相も読んでおられるそうなので、ぜひ検討をお願いしたい。