マルチスピード化する世界の中で――途上国の躍進とグローバル経済の大転換ウォール街のデモは、まだ続いているようだ。彼らの抗議する「格差拡大」は、アメリカの場合は本当である。ライシュも指摘するように、上位1%の大富豪が20%以上の富を独占し、メディアンの労働者の実質賃金は下がっている。その根本的な原因は、世界的に一物一価になるという、経済学の当たり前の法則である。

本書はこれを「次の収斂」(原題)と呼び、それは世界経済にとってはよいことだとする。途上国の労働者の所得が1日1ドルから5ドルになることは、先進国の労働者の1日100ドルの所得が95ドルになるとしても、基本的には望ましい。しかし先進国の労働者にとっては、それは「ユニクロ型デフレ」と映るだろう。日本でアメリカのように格差が拡大していないのは、グローバル化に立ち後れているからだ。

ただデモ隊が金融機関を悪玉にするのは間違っている。彼らが高い収入を得ているのは、この格差の原因ではなく、結果に過ぎないからだ。本書もいうように、欧米の金融危機の根源にあるのも、このグローバルな「大収斂」であり、先進国の成長率が低下することは避けられない。

これまでは新興国に流れ込んだ富が先進国に逆流して投資銀行のもうけになったが、金融はしょせん実体経済の「ヴェール」であり、それが金融危機で剥がれたあとは、金融産業にも大きな成長は望めない。コーエンもいうように先進国は長期停滞の局面に入るのだとすれば、日本はその一番手だろう。

他方、新興国の成長のスピードは上がっており、こうした「マルチスピード」の成長がこれから世界経済を大きく変えるだろう。ただ本書は、こうした世界の情勢を統計データでおさらいしているだけで、あまり独創的な見解はない。

この歴史的な傾向に抵抗するのは無駄だが、一つ強力な対抗策がある。法人税を廃止することだ。世界一高い日本の法人税は、企業の海外逃避を促進し、国内の雇用を減らし、賃金を低下させて、最終的にはその大部分を労働者が負担するのだ。政府税調が復興特区や沖縄で新規立地企業の法人税を5年間ゼロにする方針を打ち出したのは、民主党にしては珍しく合理的な政策である。