野田首相がQBハウスに行ったことが、予想外に反響を呼んでいる。よくあるのが「どじょう内閣の総理は1000円床屋でデフレに貢献」という類の話で、これは大西宏氏も指摘するように単純な事実誤認である。散髪の料金が下がるのは相対価格の低下であって、一般物価の下がる「デフレ」ではない。日本で起こっている物価下落の大部分は、図のように相対価格の低下である。


これは去年の「アゴラ」の記事でも書いた話なので繰り返さないが、両者がどこまで明確に区別できるかはややこしい問題である。現在の主流であるニューケインジアン理論では、物価水準Pは部門iの相対価格piの集計だから、P=Σpiであり、「デフレ」と相対価格の低下は理論的には区別がない。

池尾さんの記事でも指摘されているように、理論的には金融政策の役割は硬直的な価格の調整を促進することなので、価格変動の激しい食糧やエネルギーなどを除いた「コアコアCPI」がデフレの指標だという考え方がある。これでみるとCPIは最近までマイナスだったが、これが貨幣的な要因によるものとは限らない。

たとえば家計に占めるコンピュータ関連の支出はほとんど変わらないが、CPUのクロックで測定すると10年で20倍ほどになっている。逆にいうと、1/20の価格低下が起こったわけだ。新興国からの輸入品も同じで、たとえば10年前には7000円ぐらいだったジーンズが今ではユニクロで700円で買える。これも1/10の価格低下である。

では、なぜ日本だけで物価下落が起こるのか。これについては諸説あるが、金融市場が流動性の罠に入って金融政策がきかないことが大きな要因だ。もう一つは野口悠紀雄氏の指摘する部門間の価格差である。図のように日米ともに製造業では価格がゼロかマイナスだが、サービス業では価格が上がっている。しかし両者のウェイトが日本では50%なのに、アメリカでは60%であり、部門間の価格差も日本のほうが小さいために総合ではマイナスになっている。


つまり新興国との競争で価格低下の続いている製造業から撤退し、サービス業に重心を移すことでアメリカは物価下落をまぬがれたのだ。だからコアコアCPIがマイナスだからといって通貨供給を増やしたところで、何の意味もない。日本が直面している問題の本質は、貨幣的な「デフレ」ではないからである。

付記:細かいことだが大西氏のコメントに答えておくと、実質賃金が下がっているのはマクロの話で、QBハウスの賃金が相対的に高いとしても平均賃金は下がっている。また中国の賃金が日本の1/10というのも単純化した話で、労働生産性で割った単位労働コストでみると1/2前後である。