Dewatripontによれば、「経済学者は、その意見がもっとも一致しない分野で最大の影響力をもつ」というマーフィーの法則があるらしいが、デフレもその一つだろう。しかし池尾さんも指摘するように、バーナンキのジャクソンホール講演で、金融政策の有効性をめぐる論争にはひとまず決着がついたようにみえる。

短期的な「嵐」が過ぎ去った今、大事なのは成長率を引き上げる政策だ、というバーナンキの指摘は日本にもあてはまるだろう。彼と並んでリフレ派の教祖だったクルーグマンも、次のように結論している:
The way I got to that conclusion, by the way, was as follows: I set out to prove, using a model with all the eyes dotted and teas crossed, that monetary expansion would always work even at a zero interest rate. But the model said just the opposite. And so I was forced to acknowledge that the liquidity trap was real, and to think through the implications, which I did in this 1998 paper.
彼の1998年の論文では、中央銀行が際限なく買いオペをやって予想インフレ率を上げれば流動性の罠を脱却できるとしていたが、その論文で彼が書いていたように、ゼロ金利では貨幣と短期国債は完全代替的になるため、いくら買いオペをやっても銀行の貸し出しは増えず、インフレは起こらない。

しかしバーナンキは「中銀が無限に資金を供給すれば、いずれはインフレになる」と日銀を批判した(これを「バーナンキの背理法」とかもてはやした人々がどこかの国にいたっけ)。そして彼自身がかつての日銀と同じ立場に置かれてやってみた実験の結果は、クルーグマンもいうように「失望」だった。

こうしてバトンは金融政策から財政政策に渡ったようにみえるが、ここでは景気対策か財政規律かという二律背反が出てくる。通常は財政政策は一時的な景気刺激でしかないのだが、「ひとつの例外」として財政政策が長期的な成長率を高める可能性があるとバーナンキはいう。
長期的な債務削減につながる計画を今策定することは、2つの目標の達成に資する。財政の政策決定者は税制や歳出の計画を通じてより堅固な経済成長を後押しすることもできる。我が国は税制、歳出計画を通じ勤労と貯蓄の支援、技術投資の促進、民間の資本形成への刺激、調査・開発の促進、インフラ提供などを進めるべきだ。より生産的な経済は、我々が直面する二律背反を和らげるだろう。
経済を安定した成長軌道に乗せるには、バラマキ公共事業ではなく、財政再建の見通しを明らかにして国民の将来についての不確実性を減らすことが必要だ、という彼の結論は、別の意味で予想形成が経済に大きな影響をもたらすことを示唆している。日本の長期停滞の一つの原因も混乱した政治だが、その不確実性を減らすことが新政権にできるだろうか。